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緩く体重の掛かった鉄柵が鈍く軋む。
暫しの沈黙。
空を仰ぎ見て、口元に小さく笑みを浮かべたひよりに伸ばしかけた指先を下ろして、大河は口を開いた。

「…お前は。」

「へ?」

思い詰めたように一度視線を揺らせて、それから強く見つめられる。
この視線の強さに、今度はひよりが瞳を揺らせそうになったが、もう逃げることは許されなかった。
きっと、これで最後になる。
最後の言葉をちゃんとこの耳で、身体で、心臓で受け止めなければならない。
見据えられたまま次の言葉を待つ。

再び沈黙が続いて、意を決したように大河は目を閉じた。
さああと二人の間をこの季節には珍しい涼しい風が通り抜けて、髪が靡く。

「お前は。
相変わらず我儘が得意なんだな。」

呆れたようにぽつりと洩らしたのは、たったそれだけの言葉だった。

わかった、ってことだと思う。

我儘が得意だなんて言うことは、先ほどのひよりの御願い事を聞き入れたということだ。
風が止んで、大河が眉を寄せて微笑む。
それはもう愛しそうに。

「ひよ、」

それが友愛なのか、慈愛なのか、他の知り得ない愛であるのか。
わからないままひよりは、近付く大河の顔に目を閉じた。
まるでそうすることが当然であるかのように自然な動作に、何の違和感を感じることもなく、だ。

意図はわからない。
別に二人が過去にそういう関係だったわけでもない。
たった一人の少年の入学が、こうも日常を掻き乱すのも想像できやしなかった。

さよならの挨拶だとでも言わんばかりに、風の止んだ屋上の物陰で、二人は二度目のキスをしたのである。

「ひよ、ひよ。」

大河の唇は、少ししょっぱくて、それがいつかの記憶の淵に残る涙の味の気がして。
唇が離れた後は軽く肩を抱いた大河が、壊れたように何度もひよりを呼ぶ。
何度目かわからなくなったそれを遮るように、ひよりは口を開いた。

「かいちょー、ごめんね。」

逃げて、ごめんね。
弱くて、ごめん。

「…っひよ、一つだけ。
俺の我儘も聞いてくれ。」

なあに、と言うように首を傾げれば、大河はひよりの頬を、目の縁を指先でなぞった。
時が止まったようなその空間に再びびゅうと風が通り抜ける。

「久賀たちとこれからも仲良く、な。
幸せそうに笑っててくれ。」

都合良くて悪い、と続けた大河にひよりは緩く首を振った。
近くにあるままの大河の頬を、ひよりの髪が擽る。

「うん、そーするねぇ。」

二人ともまるで昔に戻ったみたいに、顔を見合わせて笑って。
だけどそう長くこうしているわけにはいかないわけで。
気持ちが揺らぐ前に、とひよりは大河の胸を押した。
とん、と軽いそれだったが、大河の身体が離れる。

時間が、動き出したのだ。
もう戻ることはない。

「さー、じゃあかいちょーから帰ってくれるかな。」

柵に身体を預けて、ずるずると滑らせて座り込む。
ひらりと上げた手を振れば、大河はその顔から先ほどの笑みを消した。
こちらもひらりと手を振って、ひよりに背を向ける。

見慣れた背中を見つめて確かに、さよならの時が来たのを知った。

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