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たった一年で随分と聞き慣れてしまった声が聞こえて、次の瞬間には抱えあげられていた。
ほっそりとしたお腹に後ろから腕を通されて、柵の下段に掛けていた足は宙に浮く。

あ、空届かなかった。

掠りもしなかった指先を仕方なく下ろして、自分を抱える腕に両手を落ち着かせる。

「心配しなくても俺飛び降りなんてこわくてできないよ?」

会長、と。
いつもの間延びした愛称としての呼び方でなく、役職としての会長を呼んだ。
ひとつ顔をしかめた大河は、ひよりをそっとコンクリート打ち付けの地面へ降ろす。
たん、と靴が音を立てて、先ほど届くことの叶わなかった眩しい空が目に痛い。

ざあ、と風が二人の間を抜ける。

きっと、俺たちにはこの時が必要だった。
俺は自分が思っていた以上に生徒会のみんなが、かいちょーが大事だったみたいで。
遊ちゃんに居場所を取られたのがきっと、きっと悔しくて、へそ曲げてた。
逃げずに、もっと早くに決別と向かい合うべきだった。

「えっと、まずは来てくれてありがとう。」

梅雨が明けてカラッと晴れた空のお陰か、ここ何ヵ月かで一番ではないかと思うほどに気分がいい。
今までは喉の奥深く引っ掛かってしまっていた言葉でも、するすると出てきそうな気がしていた。
更にええと、とひよりは言葉を紡ぐ。

「この前は、助けてくれたみたいで、それもありがとう。」

ぺこりと頭を下げるひよりを大河は訝しげに見つめる。

「…この前のは俺のせいだ、助けて当然だろ。」

そっぽを向いた、大河の横顔。

俺は思っていたよりもこの横顔を見慣れていた。
一年間こんな面倒くさがりの俺でも生徒会に必死だったなあ、って。
とはいっても俺は我が儘ばかりだった。
やりたくないー、眠たいーって、その度にみんな休み時間返上でお仕事手伝ってくれて、ね。
我が儘は俺の十八番、だから。

「ねえ、かいちょー。
我が儘聞いてくれる?」

最後だから、という言葉は飲み込んだ。

大河の視線が自分の元へ戻るのを待って、ひよりはまずひとつと指を立てる。

「もうかいちょーもわかってると思うんだけど、うちのまこちゃんは生徒会一の寂しがり屋さんです。
寂しそうにしてたら仲間に呼んだげてください。」

わざとおどけた調子に大事な大事なお願い事をする。
それから二つ、と指を折った。

「杏里の淹れる飲み物は、あんな砂糖入れなくても美味しいから、たまにはそのままの味も楽しむこと。」

なんてことない、小さな願い事たちだった。
今まで大切に両手で抱えてきた星の砂を、さらさらと風に乗せていくようだ。

「で、みっつめは遊ちゃんねぇ。
まだパソコンとかも慣れてなさそうだから、一から優しく教えてあげてください。」

ぐ、と大河の眉間に皺が寄る。

「でね、最後はかいちょー。
まずは今日かいちょーのお仕事を生徒会室へ返して置いたのでがんばってねぇ。」

それから、
ああ、空の青さに目が眩む。

「それから、さっきは砂糖控えることって言ったけど。
頑張り屋さんのかいちょーだから、たまにはあまーいコーヒー飲んで自分へのご褒美してあげてください。」

以上、ひよりからのお願いでしたとわざとらしく打ち切って、背中に当たる柵へ身体を預けた。


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