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月宮学園・生徒会会計である羽原ひよりはちいさくため息をついた。
窓の外にはあたたかな風が吹き抜けてああ、こんな日こそきっとお昼寝日和なのに。
再びため息をついたが、それはすぐさま大きな声にかき消されることになるのだった。

「あー!!
ひよりっ、ため息付いたら幸せが逃げるんだぞ!?」

誰のせいだ、誰の。
机をばん、と叩かれて思わず呆れて首を横に振った。
そういいたくもなる。ひよりが大好きな昼寝を我慢しなければならないのも、ため息が出るほど疲れているのも、目の前の彼、下崎遊が理由だからだ。
ああ、とても、めんどくさい。

「あは、ごめんね、遊ちゃん。」

へらりと笑ってみせると、どうやら満足したようですぐに大河たちの元へ戻っていった。
遊を取り囲むようにして何やら楽しげに騒いでいる生徒会の連中を見て、ひよりは椅子の背もたれにゆるやかに身体を預ける。思えば、始まりは今年の入学式だったか。


* * * * * * * * *


此処、月宮学園の生徒会選出は少し変わったもので、入学して間もなく、夏休みに入る前にその学年の生徒会が決まるのだ。推薦などは無く、ただただ学年全体、全員参加の人気投票だ。
三年生は冬になる少し前に引退する為、二年が主体で活動することになる。その為選ばれた一年に、すぐに大変な仕事が回ることはないのだが、定期的に生徒会室で集まることは多い。
ひより達は入学してすぐに選ばれた生徒会メンバーであり、既に何度も顔合わせしているので生徒会としてそれなりにうまく付き合っていた。何より、よく顔を合わせる友人として、良い仲を築いていた。
一つ下の、新入生を学園に迎え入れるまでは。

「ひよ、サボんな!」

ひより達が二年になってからの初めての大きな仕事、入学式の準備で生徒会室は大忙しだ。疲れた目と身体を休めようとソファに座り込んだところで怒鳴り声を浴びる。

「はぁい…」

ソファに身体を沈めたままのひよりの声に、会長である那智坂大河は眉間にシワを寄せた。すたすたと歩み寄り、軽く腕を上げるとそのままひよりに振り下ろす。

「いたっ、」

「今日から俺らがやってかなきゃなんねぇんだから働け。」

軽い拳骨を振り下ろされたひよりは仕方なく上体を持ち上げた。そういえばかいちょーはずっと働きっ放しだ。ふとそう気が付いたひよりは、ソファからちょっとだけ身体を浮かせて、大河の頭を撫でる。髪の細い自分とは違う、しっかりした手触り。

「かいちょー、偉い偉い。」

何か言いたげだった大河は、気の抜けるような笑みを浮かべたひよりに負けて大きなため息をひとつ。そのまま自分もソファに腰を沈めた。

「二人ともお疲れ様さま。一度休憩にしてお茶でも飲もうか。」

やわらかい声色に二人が顔を上げると、ほわほわと湯気の上がるティーカップを運ぶ副会長、五十嵐杏里の姿があった。途端に嗅覚が鋭くなって、甘い香りにほっと力が抜ける。

「わぁい!俺杏里の淹れる紅茶だーいすき!」

真っ先に飛び付いたひよりにくすりと笑いを零した杏里は、向かいのソファにゆっくりと腰を下ろした。

「まこもこっちおいでよー」

温かい紅茶の注がれたティーカップを指で弄びながら、デスクに向かっていた書記、宮内誠にひよりが声を掛ける。

「…ん、」

仕事を中断して誠ゆっくりとこちらへ来たのを見て、漸く、生徒会メンバーのお茶会の始まりである。

「ちょ、まこ!
どう考えても杏里の横のが広いでしょ!」
何故か誠が隣に座って来たことによって、大河と誠の間で押し潰されそうになったひよりが叫ぶ。大河は鼻で笑った。

「おい杏里、お前誠に嫌われてんじゃねーの?」

「今までの一年間って一体…。」

眼鏡の奥で瞳を閉じて落胆する杏里。いや、落ち込むフリだ。だってそんなわけがない。そう思えるくらい、4人は居心地よく過ごしていた。やはり悪気は無かったのであろう誠がわたわたと慌てて杏里の隣へ移動する。多分きっと、ひよりに呼ばれたからひよりの元に寄っただけだ。

「あはは、」

その様子を見て無邪気に笑い声を上げて。ひよりは、そんな毎日を割と気に入っていた。あまり頑張りたくない、無気力にゆるゆると過ごすひよりだったが、この空間が。どうしようもなくこのせまい箱庭が好きだったのだ。

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