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ほわほわと美味しそうな香りとともに、白い湯気を連れて、杏里はひよりの元へ帰ってきた。
中の紅茶を揺らさないように優しくテーブルへと滑らせる。
ひよりの目の前にも、ひとつカップを置いて、自分の持った紅茶に口をつけると、はた、とひよりは驚いた顔。
それから目をぱちくりさせて、へらりと笑った。

「杏里の紅茶、ひさびさだぁ。」

まだ熱いカップを、伸ばしたセーターの裾で両手をくるんで手に取ったひよりに、杏里は安堵のようなため息を溢した。
湯気のあがる紅茶を、僅かに音を立てながら啜る。
口元を離れたカップがソーサーに戻されて、暫く無音の時間。
だがしかし、決して心地の悪い静けさではなくて、杏里は何度か唇を開いては閉じてを繰り返した。
そうして覚悟を決めて、小さく息を吸う。

「ねぇ、ひより。」

「なーに?」

くりくりと袖口を弄びながら、ひよりが声を返す。

時計の音がやけに大きく聞こえて、ああ、いっそのこと時間が止まればいいのになんて。

杏里は小さく笑ってその思案を掻き消した。

止まれば、じゃない、ね。

「ひよりに生徒会室に戻って来てほしいって言ったら、嘘だと思う?」

巻き戻したいのだ。

どこかの教師の声を遠くに、ひよりが杏里をじっと見つめた。
袖口を弄んでいた手も下ろして、膝の上へ。
その時に指先がテーブルの角を掠めたから、カップの中の紅茶が細かく波紋を立てる。

「んーと、ね。」

ゆらゆら。

「…ありがとう、とは思う。」

ひよりの答えに、杏里はカップへ視線を落とした。
ゆらゆらとゆれて波打つそれを手中に収めて口元へ。
少しばかりの期待を込めた言葉のせいで、喉がからからだった。
ぐい、と残っている紅茶を飲み干す。

ありがとうとは思うっていうその答えが、暗に示しているのは。

「ふふ、やっぱ信じて貰えないよね。」

ひよりはついに目を伏せてしまって、杏里は不安定な手元を膝に落ち着かせる他なかった。

「…俺の分の仕事、させちゃってごめん。
今からその書類出しにいって、それから俺の仕事の書類とかも取りに行っていいかな。」

こくりと頷くひよりに、杏里は小刻みに震える指先を押しつかんで笑い掛けた。

これが今からの俺たちの形だから、と。

自分に言い聞かせるしかなかった。
そうして杏里は気付く。
自分の指先が震えているのと同じように、目の前のひよりの指先が震えているのに。

「…ほんとに、ごめん。」

謝った声は思ったより掠れて、まるで空気が漏れただけのような音にしかならなかったけど、ひよりは伏せていた視線をあげて、小さく微笑んだ。

「そんな謝んなくてだいじょーぶだよ。」

心配してくれてありがとう、って。
ありがとう、って何度も何度も繰り返すひよりが、痛く寂しい顔で笑うのに、杏里はぎゅうと拳を握った。

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