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目が覚めたら、隣にひよりが立ってた。

「え…、え?」

生徒会室のソファでうたた寝をしてしまっていたようで、杏里は慌てて起き上がる。
寝惚けているんじゃないかと思い、思わず目を二度三度と擦った。

「おはよー。」

擦ってみたのだが、盆や理とした視界に映るのはやはり緩い挨拶を溢すこの男。
羽原ひより本人である。

「ごめんねぇ、急に。
遊ちゃんとかいちょーが居ないとこ狙わせてもらったの。」

ひよりが向かいのソファに腰掛けるから、杏里は手探りで眼鏡を手に取った。
状況も満足に理解できないまま、杏里はとりあえず視覚を取り戻して平常を装う。
何の用かと問い掛ければ、ひよりは困ったように笑いを零した。

「杏里にお願いがあるんだぁ。」

「…?」

これね、とひよりが持ってきたファイルを差し出す。
三枚ある書類の内二枚だけを取り出して、それを杏里の目の前にひらりと置いた。
レンズ越しに書類を確認すると、生徒会選挙の書類だと見てとれる。

「杏里とかいちょーはね、遊ちゃんを選ばないで欲しいの。」

「は、」

杏里は笑った。
先日この話が上がったときは遊を推薦するなんて言っていたが、やはり嫌なんじゃないかと。
ひよりに対して申し訳ない気持ちはある。
だけど遊のことを考えると、旅行に連れていってあげたいのが杏里の気持ちだ。

「…悪いけど、そんなお願いは、」

「でね、もうひとつ。
今から俺が書類出しに行くのを、見届けてくれないかな?」

遮るように言葉を紡いだひより。
杏里はよくわからない頼みに首を傾げて、それからちらりと透明のファイルに挟まれたひよりの推薦書類を見て、はたと動きを止めた。
次期生徒会会計、下崎、遊。

「…俺が推薦するって言っても、信じてくれないでしょー。
だから着いてきて欲しいんだぁ。」

常に笑顔のままのひよりに、杏里は直ぐに声を掛けることもできず、とりあえず時間を稼ごうと席を立った。
がちゃりと戸棚を開けて、ティーカップを手に取る。
こちらの様子を窺うこともなく、背を向けたままソファに腰かけるひよりの背中が、なんとなく、寂しい。
ほっそりとしたその背中になにかがグッと込み上げて、もう一度戸棚を漁る。
そうしてひよりのティーカップだったものに触れて、強く目を閉じた。
するりと手を滑らせて、手に取ったのは来客ようの白いティーカップ。

「…っ、」

賢い杏里だ。
ひよりの頼みに、笑顔と背中。
掴み所のないはずのひよりの考えていることが、手に取るようにわかってしまった。

この願いに、答えるべきか否か。

少なからず今までの所業を後悔している今、出来ればこの願いを聞き入れることはしたくない。
だけど、それが罪滅ぼしとして受け入れられるのなら。

かちゃりとソーサーとカップが擦れる音だけが響いて、ひっそりと杏里は拳を握りしめた。

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