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「教室にはいないようだし、ひよりを探すのは明日にしようか。」
「はあ!?
杏里、もう諦めんのかよ!」
非難の声。
わかりやすく口をへの字に曲げる遊の髪を杏里はゆっくりと撫でた。
何度か髪に指を潜らせて、さらさらと流れる髪の感触を楽しむ。
「違うよ、もっと効率のいい方法を考えようと思って。」
本当だった。
ひよりのことはやっぱり見つけたい。
そして、出来ることならその時は2人きりで話がしたい。
今見つけてしまってはだめなのだ。
うーん、と目の前で遊が唸って、それもそうだな、と顔を上げた。
杏里は小さく息をつく。
「じゃ、飯でも行くか?」
今まで黙っていた大河が、漸く落ち着いた場に声を溢した。
先程とは一変、ぱああと楽しそうに笑う遊を確認して、3人は肩を並べて食堂へ向かった。
* * * * * * * * * *
「うーん!
お腹いっぱいだぁ。」
目の前にあったオムライスを食べ終わると、ううんと大きく背伸び。
向かいに座る人物が何故だか嬉しそうに微笑む。
昼休みも終盤、少し人の減ってきた食堂で今しがた昼食を取り終えた彼、ひよりはそのままテーブルに突っ伏した。
その向かいで和食御膳を食べていたのは涼でも隼人でも進藤でもない、意外にも誠であった。
「…美味しかった?」
とっくに食べ終わっていた誠がひよりに問う。
テーブルにぐでんと身体を倒したひよりは、起き上がらないまま頷く。
顔は見えないが、小さく頭が動いたことで頷いたことを理解した誠は口元に微笑みを見せた。
開いた窓から吹き込む風にふんわりと揺れる髪。
吸い寄せられるように誠が髪を撫でれば、ひよりはもっと深く腕の間に顔を埋めてしまった。
「なんでまこは俺のとこ来るのー…?」
人気の疎らになった食堂で静かにひよりが呟く。
実はこうして昼食を共にしているのも、何度も誠からのさそいがあったからなのだ。
もう生徒会から離れようとしているひよりからすれば、まるで逃げ出そうと駆け出したところで、小さな突起に服の裾を引っ掛けてしまったような気分である。
ほどこうとしても、絡まってなかなかほどけない。
無理に引けば、はらはらと服を形作った糸が解れていってしまう。
「別に無理に俺に構ってくれなくていいよぉ。
俺、今のクラスの子たちと仲良しだし、」
「…ひよ、生徒会、戻って来ないの?」
言葉を遮った誠に、ゆるりと伏せていた顔を上げる。
そして、なんでもないような顔で笑って見せた。
「戻るもなにも、俺ちゃんとお仕事してるよー?」
偉いでしょ、って目尻を下げるひよりに、誠は膝の上で拳を強く握った。
ひよりの笑顔はこんな笑顔じゃなかった。
「違う…ひよ、いない。」
ティーカップが音を立てて割れた日。
あの日溢れた紅茶のように、まるでひよりも何処かに心を溢してしまったように見えた。
「えー?
俺ならここにいるでしょー。」
どうしたのとでも言うようにまた笑って、鳴ったのは昼休みの終わりを知らせるチャイム。
食堂のウェイターさんも休息をとっているようで、静かな中にその音だけが響く。
さて、帰ろっかとひよりが席を立ったその瞬間に、閉じられていた食堂のドアが軽快に開いた。
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