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はて、隼人がふられたという話が今この場で聞いたもの以外であっただろうか。
思い当たる節がなくて、ひよりは首を傾げた。
色素の薄い瞳に見つめられて、隼人は重くため息を付く。
「ひよたん、好き。」
突然放たれた言葉。
隼人の口からは聞き慣れたこの言葉に、意図がわからないながらもひよりは笑みを零す。
「俺も好きですよー。」
そういやさっきもこの会話した気がする…かも。
隼人と進藤二人共に、呆れた表情で見られてひよりは更に状況がわからなくなってきた。
じゃあ、と声を漏らした隼人をしっかりと見据える。
「じゃあ、俺と付き合う?」
隼人の口から零れた台詞。
目があったその瞳が珍しく真剣さを含んでいて、ひよりは思わず視線を落とした。
きょとんとしてしまった表情を慌てて取り繕うように笑みをはり付ける。
途僅か一瞬の間に静まり返ってしまった部屋の中。
ひよりはさっきまでのように、自分の口端が上がったのを確認してから顔を上げた。
「あは、もー、隼人先輩ったら恋人さんいっぱいいるでしょ。
からかわないで下さいー。」
小さく笑ってから、少しぎこちなく話すひより。
隼人がこうやってひよりを求めてくるのは、実はよくあることだったりする。
隼人から既に視線を離してしまったひよりは、一瞬だけ眉を下げたその表情には気付かない。
ほら、と。
「な、俺結構ふられるんやって!
ひよたん全然振り向いてくれへんねんもーん。」
またふられてもたー、とからから笑う隼人に、ひよりはほっと胸を撫で下ろした。
びっくり、した。
だってまるで本気みたいな顔で言うから、
すっとひよりの肩が下りたのを感じて、その背中と、肩の向こうに窺い見える隼人を険しい顔で見ていた進藤も表情を緩める。
いつの間にか止めていた作業に手を付けた。
パチン、とホッチキス止めの音。
最後に紙の擦れる音を微かに立てて、纏めた書類をひよりに手渡した。
「うぇ、なにこれ?」
「夏休みの生徒会執行部旅行の案内だ。
お前からも予算案が出ていたはずだが?」
「あ、え、そうでしたっけー…。」
仕事の内容に記憶が無くて、誤魔化すようにひよりは笑う。
そもそもあれだけの仕事量をこなして、まともに覚えていられるはずはないのだが。
受け取ったプリント束をバサリと揺らして、ひよりは胸に押し付けた。
「夏休み…かぁ。」
「ん、なんか言うた?」
前生徒会会計として、同じ案内プリントを受け取った隼人が振り返る。
ひよりは軽く首を横に振った。
窓から差し込む光が眩しい。
目が眩みそうな空を見上げて、ひよりは笑った。
「なんでも無いですよぉ。」
晴れた空の向こう側に、雨雲が見え隠れ。
もう直ぐ梅雨の時期。
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