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「やー、春だねぇ。」

「お前ん部屋カレンダーねぇの?」

机に全体重を預けて、手に持ったシャープペンシルをくるりと回してみせると、手元が狂ってそれは涼の足の間に飛んでいった。
仕方無さげに腰を曲げてシャープペンシルを拾う涼を見てから、だらんと姿勢悪く机に顔を伏せる。

「お花見行きたいー。」

「もう6月入ってんだけど。」

…涼ったら冷たい!

仕事仕事で今年の春は花見に行けなかったことを根に持っているらしいひよりは、足を落ち着きなく揺らした。

「んー…、あと1ヶ月ちょっと。」

「え?」

呟いたひよりの声は、机に吸収されて涼まではよく届かない。
聞き返した涼に答える事もなく、その栗色の髪を揺らして面倒くさそうにうーん、間延びした声。

「お日様ぽかぽかだ。」

まともに繋がらない会話に、自然に笑いが零れた。
梅雨に入る前特有の穏やかな空。
こうしてひよりが教室でゆったりとした日常を過ごしているのは、進藤や隼人、そして誠のおかげだったりする。
会計としての仕事や、滞って生徒会のデスクに積み上がってしまった書類は進藤に頼んで全て風紀室に回してもらった。
一応引退した形の隼人もたまに手伝いに来てくれている。

現役の時さえろくに仕事しなかったのにねぇ。

それでも助けてもらえるのはやはり嬉しい。
ひよりは少し楽になったスケジュールを思い浮かべて隼人に感謝した。
そして、実をいうと1番助かっているのは、誠の存在なのだ。
ひよりが抱えていた仕事から、ぱたりと姿を消した書記の仕事。
相変わらず大河や杏里の分の負担をひよりが背負っているのは変わらないが、どうやら誠は違うらしい。
そんな3人のおかげで、実を言うとあれから生徒会室には一度も行っていないのだ。

「ひより、飯行く?」

「そーしよっかぁ。
あ、隼人先輩も来るって言ってたかも!」

相変わらず空っぽの杏里の席にちらりと目をやると、食堂に向かうべく立ち上がった。

来なくて、いい。
会いたくない。

一瞬だけ強張った表情。
机の合間を縫って教室を出て行くひよりたちに小さな袋入りの何かが投げられた。

「いて、」

こつんと後頭部に命中して、ひよりは振り返る。
視線の先、たどり着いたのは笑うクラスメートたちだった。

「ひよりちゃんなんか泣きそうな顔してたから、それあげるー!」

「羽原、元気出せよ!」

あ、もひとつ変わったことあった。

それは、クラスメートとの関係だった。
今まではあまり授業を受ける暇もなくて、話すこともなかったのだが、ひよりが教室に多く顔を出すようになってからは、わりと仲良くやっている。
最初は遠巻きにわあきゃあと眺めていたクラスメートたちだったが、ひよりの人見知りのしない性格で今ではみんな友達だ。
そんな教室は以前よりもうんと心地いい。

「ありがとぉ、」

転がったチョコレートを拾い上げてひよりは平和な日々に幸せを感じた。

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