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自分の手を見つめたきり動かなくなったひより。
そんなひよりの俯いたその横顔が、なんだか無性に儚くて、その場にいた誰もが黙り込んでしまった。
そんな静寂の中、一番に響いたのは遊の声である。

「指、大丈夫か!?
この部屋救急箱とか…っ」

わたわたと慌てて部屋の中の捜索に取り掛かった遊に、ひよりはぼんやりとした視線を向けた。

なんだろう、霞む。
息が、苦しい。

掠れて二重線になった遊の輪郭をどうにかしようと目を擦るひより。
そしたら、ぽたりと。

「え…、」

目元にやった手を下ろすことは出来なかった。
二度、三度とそのまま拭ってみるが、流れだした涙は止まらなくてはらはらと零れて床に広がった紅茶に混じる。

「あれ、れ?」

何度も何度も拭う。

ああ、此処が好きだった。
かいちょーの働く姿もっかい見たかったなあ。
ほんとは毎日杏里の紅茶飲みたかったし、まこの話聞くのもまったり出来て好きだった。

なんて考えながらも、ひよりは気が付いてしまった。
全てが過去形だということ。
割れてしまったティーカップのように二度と元には戻らないということ。

「…っ、あは。
ごめんね、目にゴミが入ったみたいで。」

絞り出した声は思っていたよりもずっと小さかった。
今更じくじくと痛み出した傷口を庇うようにして立ち上がると、釣られるようにして隣の誠も立ち上がる。

「…ひよ、傷。」

心配そうな誠の表情。
自分のためにこんな顔をしているのかと、切ない気持ちになる。

「ひより!救急箱何処だ!?」

まだ探していたのか、と自然に笑いが零れた。

「遊ちゃん、この部屋救急箱ないんだー。
その代わり俺のデスクの引き出しに、絆創膏とか色々入ってるから使っていいよぉ。」

目元を濡らしたまま、ひよりは普段のようにゆったりとした動作でそれを教える。
それを聞いた遊はぱああと顔を輝かせた。
次にばたばたと足音。
そうして遊がひよりのために使える物を探そうとデスクの手前側に回ったのを合図に、ひよりは大河と杏里の間をすり抜けた。

「傷、どうするつもり?」

「んー…知らないや。」

背中に投げ掛けられた杏里の声に適当に返事を返すと、遊は漸くひよりが出て行こうとしていることに気付いたようだ。
その手には絆創膏。

「ひより!
今絆創膏貼ってや、」

「あげる。」

へ、と間抜けな声を上げたのは遊だ。
先程よりも幾分か表情を和らげたひよりが続ける。

「ぜーんぶあげるよ、それ。
デスクも、中の絆創膏もガラクタも。」

もう、要らない。

きょとんとする周りを置いて、生徒会室を出て行ったひより。
最後に一度振り返った部屋は、未だ滲む視界のせいでよく見えなかった。
生徒会室の重そうなドアが閉まる。


「…んだよ、あいつ。」

残された4人の表情さえもまともに見ず、大河の呟きを聞くこともないまま。

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