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カチャリ、とティーカップとソーサーが擦れる音。
目の前の大河と、その隣で楽しそうに喋る遊。
ひよりの隣で不機嫌さを隠す様子もない涼。
あれれー。
どうしてこんなことになったんだっけ?
あまり宜しく無い空気の中、ひよりは生徒会室の天井を見上げた。
* * * * * * * * *
「じゃ、今日はもう教室帰って来ねぇの?」
「うーん…、帰れそうだったら帰るんだけどねぇ。」
自然と手を繋いだまま生徒会室へ向かっていたひよりたち。
もう直ぐ生徒会室へ続く唯一のエレベーターに辿り着くって時に、それは起きた。
この先にはそのエレベーターしかないから、人通りはかなり少ない方である。
そんな廊下に、タッ、タッ、という軽快な足音に二人が振り返ろうとした瞬間。
「ひよりを離せー!!」
手を繋いだ二人の間に、何かが飛びかかって来たのだ。
「は!?」
驚いて手を離した涼と、ひよりの間。
勢い付きすぎて止まれなかった様子の茶髪が通り過ぎていった。
「…遊ちゃん?」
一体なんだっていうの…。
目を細めてひよりは目の前の茶髪を見る。
綺麗に磨かれた廊下に転がったのは、紛れもなく遊だ。
うつ伏せに倒れた遊は二人に呆れた冷たい目線を送られながらもぞもぞと起き上がる。
「くっそ…!」
こっちをバッ、と振り返って鼻血。
「ちょ、遊ちゃん鼻血!」
「やりやがったなお前!
勝手にひよりと手なんか繋いでるし、お前誰なんだよ!!」
ひよりの声もろくに聞かずに、遊は鼻血を軽く拭うと涼に掴みかかった。
やりやがったな、とか言ってるけど、遊ちゃん。
俺らなんにもしてないよ…。
どうしたものかと、最後には諦めて窓の外を眺めてしまったひよりの横で、涼のイライラは絶好調に達していた。
「あ゙?」
襟元を掴んでいるその手を掴み、振り解く。
案外遊の力が強くて、更に苛立った。
「お前が遊ってやつかよ?」
「お前こそ誰だよ!」
睨み合う二人。
あまりに大きな声に涼は、ついでに完全に現実逃避をしていたひよりも顔をしかめた。
次の始業を知らせるチャイムがなってもお構いなしに睨み合う涼と遊に、ひよりは何も言えない。
崩れない均衡を止めたのは、チン、という場違いに愛らしい音だった。
その場にいる全員の視線がエレベーターに注がれる。
「お前ら、何してんだ?」
ウィーンと開いたエレベーターから出てきたのは生徒会長である大河だった。
「大河!」
駆け寄る遊の背中。
それを見て、ひよりは頭が痛むのを感じた。
余計めんどくさいことになりそーなんだけど。
「おう、今迎えに行こうとしてたとこだ。」
抱き付く遊の頭を撫でて、そのままエレベーターから降りずに上へ向かおうとする大河。
乗り合わせるのもしんどいとため息を吐きながらも、涼に別れを告げたひよりは一歩足を進めた、が。
「え?」
くい、と袖口を引かれて進むことは叶わなかった。
一応待ってくれているらしい大河たちも訝しげにひよりを止めた生徒、涼を見る。
涼といえば、掴んだ袖口からひよりの手に指先を滑らせて再び手を繋いで一言。
「俺も行く。」
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