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「遊のこと、とか…色々。」
隣から感じる誠の強い視線に、ひよりは目を合わせることが出来なかった。
遊のことって、なんだろう。
天井の隅っこを見据えたまま、ひよりは今はここに居ない遊を思い浮かべた。
多分、だけど。
遊ちゃんは真性の男好きさんで、格好いい男には目がないのかなあって。
ほら、かいちょーも杏里もまこも格好いいし。
うーん、と少しだけ思案する。
これ以上みんなが遊と仲良くなって、更に自分の居場所が無くなるのは癪だが、真剣に考えてやるのは誠への情。
今はぎくしゃくしているとはいえ、元々は仲のよかった友人なのだ。
「悩む必要なんて無いんじゃない?」
結局口から出たのはただの励まし。
立ち上がると、釣られて誠の視線も上に上がったのが視界の端っこで確認出来た。
「遊ちゃんの気持ちとかわかんなくても、まこは遊ちゃんが好きなんでしょ?
だったらこれからもその気持ち、大事にし」
「違う…っ!」
これを言い終えたら涼たちの元へ戻って、食堂に行こうと思っていたから、少しだけ踏み出した左足。
それを引き留めるようにひよりの腕を掴んで誠は珍しく大きな声を出した。
へ、と気の抜けた声を洩らしてひよりは座り込んだままの誠に視線を落とす。
「…俺、自分、の気持ちも、わから、ないんだ。」
一つ一つ小さく、だけどしっかりと言葉を紡いだ誠の口元がまだ動くから、ひよりはただ黙って続きを待った。
震える唇。
悲痛にも似た表情で、唇を揺らす誠を見て、ひよりも思わず身体に力が入るのがわかる。
「俺、ほんとに、遊、のこと…好きなのか、な?」
しん、と廊下は静まり返った。
「…はい?」
「俺…!
ゆ、のこと、好きだけど…っ
ひよが、一緒に居ないことの方が、寂しいんだ…。」
ぽつりぽつりと零れる言葉。
それが、ゆっくりとひよりの心に馴染んでいく。
掴まれたままの手。
合わせてしまった視線と、静かな空間。
静寂を破ったのはカキーン、と窓の外から響いた野球部のホームラン音だった。
それから続く、わああという歓声に、弾かれたようにひよりは掴まれた手を振り払う。
「あ、えっと、俺!
涼たちと食堂行くからそろそろ行くねー。」
普段通りの自分を必死に思い浮かべて、ばいばーいと緩く手を振って慌てて誠に背を向けた。
期待、したくない。
俺はもう、みんなの側のポジションなんて諦めてるんだよ。
勝手に震える身体を落ち着かせるように、自分の肩を抱いてひよりはその場を去った。
「ひ、よ…っ!」
引き留める誠の声は、ひよりには届かずに空へ浮かぶ。
ひよりを追おうと浮かせた腰を、再び床へ押し付けた。
「俺、のばか。」
なんでもっとちゃんと伝えられないんだろう。
廊下のずーっと向こう側、小さくなったひよりの背中に呟いた。
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