12
「隼人先輩、」
二人が目線を上げた先にいたのは、前会計である三年、春日井隼人。
3秒、自分を見るひよりの視線に、にっこりと笑った隼人が飛びついたのは3秒後のことだった。
「ひよたんひっさしぶりー!
俺が顔出さん間元気にしとったあ?」
突然かけられた体重で、見事にひっくり返ったひよりは呆れた顔を隠すことさえしない。
なんというかこの人は、相変わらず変わんないなぁ。
耳元に頬擦りまでし始めた隼人に、最早何を言うこともなくなすがままのひより。
「ちょっと隼人さん。
ひよりに汗付くでしょうが。」
涼の声にはっとした隼人はがっちりとホールドしたひよりを漸く解放した。
あいたたた、先輩力強すぎて、なんか首痛めちゃったかも。
くるくると首を回しているひよりを見て、またもや隼人の大きな声が響く。
「ひよたん相変わらずかわええ!
もう犯したいくらいやわぁ、ほんま。」
「隼人先輩、それ立派なセクハラですよぉー…。」
勢いに押され、苦笑いを零すひよりの横、ぴったりとくっ付いて座る隼人に、涼の鋭い視線が向けられた。
視線に気が付いた隼人は肩を竦める。
「すまん、りょーたんもかわええもんな!」
そういえば、涼と隼人先輩が一緒にいるとこ初めてみたかも、とひよりは二人を交互に見た。
多分お分かりだろうが、隼人は自他共に認めるチャラさで、甲斐性の無い男である。
男子しかいないこの学園では、可愛い男の子を誑し込んでばかりいるという噂。
隼人先輩からすれば、涼までも可愛く見えるのかぁ。
涼ってどちらかといえば格好いい部類だと思ってたんだけど…。
「おい、ひより。
なんかつまんねぇこと考えてるだろ。」
涼に鼻を摘まれて、ひよりの思考は止まった。
「あは、何にも考えてないよー?」
思っていたことを口にすれば、何となく怒られるような気がして誤魔化す。
「今日新歓ちゃうの?
試合見に来とってええん?」
首を揺らして鼻から涼の指を除けた途端に、隼人から痛い質問が出た。
これも笑って誤魔化してしまおうか。
一瞬そう考えたひよりは小さく溜め息を吐く。
多分無理だよねぇ。
隼人先輩妙に鋭いんだもん。
「実は俺、かいちょー達怒らせちゃって。」
でもすぐ仲直りするし、大丈夫です、と付け加えた。
ひよりの言葉に隼人は目を丸くする。
それから軽快に笑った。
「お前らでも喧嘩すんねんなあ。」
良かった、深い話にならなくて済みそうだと安心にひよりの表情が緩む。
が、それも一瞬のことだった。
「ひより、喧嘩とかじゃねぇんだろ。」
涼が突然真面目な表情になって、その場の柔らかな空気を崩したのだ。
余りにも真剣な涼の声のトーンに先程まで笑っていた隼人も眉を顰める。
どういうことだと目だけで急かされて、ひよりは口をひきつらせた。
「俺だってお前が心配なんだよ。
いい加減ちゃんと話聞かせてくれ。」
涼ったら、余計な事を…!
それから、無言の圧力に負けて全ての事情を話したひより。
話終えて、二人の様子を窺った。
涼は割と短めの髪に手を埋め、目を瞑っているし、隼人は隼人で首を左右に揺らしている。
「俺、今から会長殴りに行くわ。」
「それ、俺が行くから涼は下崎って奴頼むわ。」
なんと恐ろしい。
「怖いので止めてくださいー…」
ひよりの呟きに隼人は立ち上がった。
ばっ、と突然の出来事に、きょとんと隼人を見つめる。
金髪の髪が勢いに釣られて跳ねて、そこからきらきらと汗が飛んだ。
今にも走り出しそうな隼人の足に慌ててひよりがしがみつく。
「ちょっ、隼人先輩だって仕事サボってたんですから何も言えないでしょ!」
むっ、と顔をしかめる隼人。
何処を睨みつけているのか、兎に角表情が怖い。
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