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「えっと、ご機嫌麗しゅうござい、」

「またか、羽原。」

勝手に戸棚からインスタントのコーヒーを拝借しようとしたひよりは、進藤のため息に肩を揺らした。

「いつまで続ける気だ。
どうして下崎遊を追い出さない。」

あ、良かった。コーヒーを勝手に貰ったことに怒ってるんじゃないみたいだ。

安心してへらりと笑ったひよりだったが、未だ続く進藤からの冷たい眼差しに気が付いてほんのすこしだけ背筋を伸ばす。

「めんどーなんですー。
追い出したら絶対かいちょー達も怒るし…。」

ひよりの言葉が尻すぼみに切れて、進藤が何度目かのため息を吐いた。
進藤が、いい加減に見過ごせない、自分が助けると言い出す寸前にひよりが再び口を開く。

「それに、今のかいちょー達にとっては、遊ちゃんじゃなくて俺が部外者だから。」

ひよりの言葉と、寂しげな表情に進藤は拳を握った。膝の上に置かれた左腕が、ぐぐっと力んで、シャープペンシルを握っていた右手はその芯を折ってしまう。

「まあかいちょーのお小言が無くなってせいせいしてます。」

いつもの気の抜けた笑顔を見せるひよりに何も言えず、進藤はシャープペンシルの上部を苦々しい表情のまま何度かノックするだけだった。

カリカリと紙にペンの走る音だけが響く。
今日はこの部屋で一体何度のチャイムを聞いただろうか。

「んー…!
今日の分終っわりー。」

ひよりが両腕を精一杯上に上げて背伸びをすると進藤に睨まれた。
もう一般生徒の下校時間はとっくに過ぎていて、ほとんど物音は無い。この時間学校に残ることを許されている生徒会や風紀委員の者も帰宅した後だった。

そういえば。

「進藤先輩は帰らないんですかー?」

「お前を待っていたんだろう。」

へ、とひよりは間抜けな声を出した。
進藤の机を盗み見ると、すっかりと片付いている。

「わ、ごめんなさい…」

「別にいい。帰るか?」

はい、と元気良く立ち上がったひよりは、何か思いついたようにポケットを漁った。ごぞごそとポケットに手を突っ込むひよりに、少々怪しさを感じて警戒する進藤。
手ぇ出して、と声を掛けられた通りに手を出すと、ころん。手のひらに置かれたのは、幾つかの小さな飴玉だった。

「いつもありがとうの印ー。」

赤黄青と様々な包み紙のそれを見て、それからひよりを見る。目が合って笑顔を見せたひよりに、進藤も釣られて笑うのだった。


「……?」
進藤とは寮のエレベーターで分かれ、一人生徒会メンバー専用フロアの廊下を歩いていたひより。
だったのだが、何やら向こうから歩いてくる人影が見える。消灯時間が過ぎたせいで相手の顔はよく見えない。

「ひより…?」

辛うじて、声でわかった。
杏里だ。
ただ、杏里も大河のように自分と口を聞きたくないのではないかと思っていたひよりにすれば、話し掛けてきたこと自体が驚きで、少し声が上擦る。

「はぁい、」

返事をしたが杏里の足は未だ止まらずに、間近まで来て、漸く止まった。
ぐい、とネクタイを掴まれて鼻と鼻が擦れるぐらいに顔を近付けられる。

「なに…!?」

咄嗟に身を捩ったひよりのネクタイをぱっと離して、杏里はふふ、と小さく笑った。

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