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声と同様、冷たい視線が遊を捉える。

「たぶん俺のこと?だよねぇ?
なんで俺のことで他の生徒に掴みかかるかなぁ。
次あの子になんかしたら俺、遊ちゃんのこと許さないよ?」

普段の緩い口調のひよりだが、いまは確かな怒りを含んでいるのがわかった。歯痒そうに唇を噛み締める遊の目に、薄い涙の膜がはる。

「何してんだ?」

涙が今にも零れ落ちそうになった時、二人きりだった食堂脇の暗い廊下に、他者の声が響いた。

「…大河!!」

「おお。」

大河は飛び込むように駆け寄った遊を胸で軽く受け止める。胸の中で涙を浮かべた遊を見て、大河は顔をしかめた。

「遊に何したんだお前。」

「別に、かいちょーには関係ない。」

大河の、こんな表情は見たことが無い。
淡々と返しながらも、ひよりは落ち着かなかった。

かいちょーは言葉遣いとか乱暴だし、仕事しろってすぐ俺のこと怒ってたけど、最後には優しく笑ってくれるし。
遊ちゃんが現れてからも、べつに俺にきつく当たることなんかは無かったし、

必死に今までの大河を思い出して、ひよりはなんとか落ち着こうとした。落ち着いて…落ち着いた結果ぴたりと考えるのは辞めた。

あぁ、そうか。わかった。
俺が今、遊ちゃんのことを敵としたんだから、遊ちゃんのこと好きなかいちょーにとっては、俺が敵なのか。

力の入ってしまっていた拳を解く。
自分の居場所がとうとう消えたのがわかった。それならもう、話すことはない。
やりようのない切ない気持ちがちくりと胸をさした気がしたが、もう。ひよりは、何も言わずに食堂に戻っていった。


「た、大河!
ひよりが俺に黙れって、」

「…もう、黙ってろ。」

暗い廊下に残された二人。
口をぱくぱくさせて言葉を紡ぐ遊を大河は抱き締めた。
いらいらする感情を押さえ込むように、腕の力を強める。

何だってこんなにいらいらするんだ。ひよりが遊にきつくあたったこと云々ではない。
それ以前の、もっと簡単な―、

大河の思考はそこで止まった。
腕の中の遊がついに泣き出したからである。あやすように優しくその髪を撫でてやると、遊も大河の背中にそっと腕を回した。

「泣くな。」

ここには今いない杏里も誠も、勿論ひよりも。
近くにいる大河さえも、しゃくりを上げる遊の肩の揺れの違和感に気が付くことはなかった。


一方、食堂に戻ったひよりは、何事も無かったかのように涼と昼食を共にしていた。

「ハンバーグ一切れちょうだい!」

「もう食ってんじゃん…」

返事を待つ間もなく、涼のハンバーグはひよりの口内に消える。
ちらりと涼の表情を窺い見て、ひよりは自分の頼んだオムライスをスプーンで掬った。

「はい、あーん。」

目の前まで突き出されたひよりの手に、涼は一瞬視線を逸らして、それからスプーンをくわえる。

「ん、うまい。」

「ねー!
食堂のコックさん、俺にも料理教えてくれないかなぁ。」

こうしていつも通り、元気なように振る舞いながらもひよりは滅入っていた。
優しかった大河から向けられたあの視線。
もう本当に今度こそ戻れないと感じたひよりが落ち込むのも無理はない。そうして多分、涼はひよりの様子がおかしいのに気が付いている。

「頼み込んでみれば?」

それでも先ほどの出来事を追求せずに、他愛の無い話に付き合ってやるのは、長年の友人である涼ならではの優しさなのだ。

「時間あったら頼んでみよーっと。」

終始笑いながら少し長めの昼食を済ませた二人は、授業に遅れてしまうと足早に食堂を去ったのだった。

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