5



ことことと煮える鍋に卵をとき落とす。
お玉でぐるりとかき混ぜてから、ひよりはコンロの火を切った。

「じゃーん!
ひよりちゃん特製お粥のかんせーい!」

ご飯と卵だけだけど。
そう付け足したひよりに、誠はくすりと笑いを洩らす。
自室のベッドに半ば無理矢理に寝かされた誠は上体を起こした。
ほわりと湯気を立てて、いい香りを漂わす鍋と共にやってきたひよりに礼を言うと、一口。

「…ん、うまい。」

すんなりと出た一言にひよりがはにかむ。

「ごめんねぇ、こんなのしか作れなくて。」

しゃがみ込んだ体制のまま、くしゃりと誠の髪を撫でて申し訳なく眉を下げるひよりに、誠は首を横に振った。
普段俺台所にも立たないし…、なんて続けるひより。

「今頃かいちょー達は食堂で美味しい物食べてるのかなぁ…。」

ごめんねこんなので、ともう一度呟いたひよりを見つめる誠の視線は、何か寂しげな色を含んでいた。
息を吹きかけ冷ましながら粥を平らげて、それから無言になってしまったひよりにどう声を掛けるべきか悩む。
元々口下手なタイプなのだ。
真っ白な壁に何度か視線を彷徨わせて、誠は漸く口を開いた。

「俺、は、こっちのが…すきだ。」

かつんとスプーンを置いて真っ直ぐにひよりを見る。
一方見つめられたひよりも突然喋った誠に思わず視線をやった。

「遊ちゃんねぇ、本気でまこのこと要らないなんて、きっと思ってないよ。」

暫くの沈黙の後にひよりの口からするりと出た言葉は、苦手なはずの遊を貶めるでもない、何の変哲もないただの慰めの言葉だった。
あれ、何で俺こんなこと言ってるの。
いくら頭の中でそう思ってもひよりの口からこぼれるのはまるで綺麗事。

「…ひよ、は遊のこと、きらい?」

誠の言葉に思わず口を閉じた。
嫌いなのか、と自分で問い掛けても答えは表れない。
わからないのだ。
ひよりからすれば、遊に夢中で生徒会のメンバーが仕事をしなくなったことと、自分の居場所が消えて無くなってしまいそうなこと。
それ以外にはなんの不満もない。

「ふふ、どうなんだろうねぇ。」

そういえば、俺はかいちょーが働く姿を眺めることが好きだった。
何となく今、そんなことを思い出したひよりはぎゅ、と着ているベストの裾を握り締める。
もう暫く見ていない大河の仕事姿を思い出しても、ただつらくなるだけだった。
様子の変わったひよりを見て、どうすれば、とふらふら腕を彷徨わせた誠だったが、その腕がひよりを抱き締めそうになる寸前。
ひよりはすくっと立ち上がった。いつのまにか、誠が今しがた食べ終わった椀とスプーンはひよりの手の中にあった。

「…っ」

驚く誠をあまり気にもしていない様子で、台所の片付けを始める。
食器同士がぶつかる音をさせながら、最後にかちゃん、とスプーンを洗って、それからひよりはあっさりと誠に背を向けた。

「お大事にねぇ。」

誠が声を返す暇なく出て行ったひより。
その背中を寂しげに見つめる誠の視線には気が付かないふりをした。本当は、少しだけまた前みたいに戻れるようなそんな気がした。

「はぁ…。」

危ない、期待してしまう所だった。
ひよりは私物の救出のために生徒会室に向かいながら考える。
かいちょーも、杏里も、まこも、みんな遊ちゃんのことが好きだ。
もう俺は、また居場所が帰ってくるのを期待したくないんだとひよりは自嘲するように笑う。
いっそのこと俺も遊ちゃんを好きになれれば良かった、なんて。
かなしいなぁ、ってすこし笑った。

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