携帯を開いて溜め息を吐く。完全なる寝坊、間違いなく遅刻。え、もうこれ学校行かなくてもよくない?という悪魔の囁きをなんとか振り切って、学校へ行く支度をする。三時間目までに間に合うかなぁ……だめだったら四時間目でもいい。重要なのは学校に行くことなんだから。ゆっくりと準備をしながら、合間にメールを返信する。いっくんと京ちゃん、ユキちゃんにトオルくん、レミちゃんからもメールが着ていた。内容は大体みんな同じ(寝坊や遅刻の確認)で、レミちゃんからのメールだけはお昼ご飯のお誘いだ。それはもちろん行きますよ。

「なぁに、花和まだ起きてなかったの?」
「うん……っていうか、お母さんも起きてたなら起こしてよ」
「お母さんも今起きたところなのよ」
「……今日お仕事お休みだっけ?」
「遅番。朝ごはんいる?」
「なるほど。あ、ご飯はいらない。お弁当ちょっと多めにしておいて」

はいはいと頷いて台所に消えたお母さんを見送り、部屋に戻る。教科書やらノートやらを詰め込んだカバンを持って再びリビングへ。手渡されたお弁当は異様なまでに軽い。中身カロリーメイトだな、これは。寝坊したのは私だから文句は言えないんだけど。気をつけてね、と見送るお母さんに返事をして家を出る。意外と寒いなぁ、今日。家から20分ほどの道程をゆっくりと歩いていくと、見覚えのある後ろ姿。あ、と思った瞬間に私は走りだしてその肩をたたいた。

「あかねくん、おはよう」
「え、あっ花和さん。おはようございます」
「あかねくんも寝坊?」
「はい……花和さんも、ですか?」
「お恥ずかしながら、ね」

へら、と笑うとあかねくんも笑い返してくれた。ああ、もう、なんでそんなかっこいいの。どきどき、高鳴る鼓動はあかねくんには届かない。
あかねくんは私の高校で初めてできたお友達。わりと長い付き合いなのに、未だ彼の敬語は抜けないらしい。……嫌われてはいない、と思う。うん。嫌われてたら泣く。仙石くんやレミちゃんじゃないけど、泣く。

「あ、レミちゃんが一緒にお昼食べようって」
「え、本当ですか?」
「うん、メールきてた。いつも通り生徒会だって」
「わかりました」

楽しみですね、と言って笑う彼に頷く。うん、楽しみ。学校まであと数メートルの距離。もう5分もせずに学校に着いてしまう。クラスが違う私と彼は、そこで別れてしまう。もし、私があかねくんの彼女だったら、行かないでと彼の手を引くことが出来たのかなぁ、なんて。

「そういえば、花和さん今日って数Bありますか?」
「うーんと、あ、多分ロッカーに入ってるよ。貸す?」
「お願いします」
「あかねくんが忘れ物なんて珍しいね」
「そうですか?」
「そうだよー。あ、今から教科書もってく?」
「あ、いいんですか?」
「うん、今日は数B使わないから大丈夫だよ」
「じゃあ、借りていきます」

はーい、と軽く返事を返したけど、心は舞い上がっている。教室まであかねくんと一緒だ!やったぁ!数Bに感謝しなきゃ。数学、きらいだけど。ざわざわし始めた廊下を彼と並んで歩く。それだけで幸せだけど、それ以上を望む私は、嫌な女かな。どうかしましたか?と心配そうに尋ねるあかねくんに、なんでもないよとどろどろとした感情を隠して、私は笑った。


恋する乙女はその手に毒を
(ねぇ、やっぱりあの子がいいの?)


 
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