「やっぱり、隕石が落ちてくるのかな」
「え、何が?」
「地球の終わり」


仙石くんに返す本が入った少し大きめの紙袋ががさりと音を立てた。中にある数冊の本の中でもひときわ太くて古めかしいそれを取り出してぺらりとページをめくる。少しカビ臭いにおいが鼻をかすめ私と仙石くんはほぼ同時に眉をひそめた。別にこの臭いがそれほど嫌というわけではないのだけれど、やっぱりどうしても少し厭悪してしまう。


「ひなたはそう思ってるのか?」
「うーん……地球が終わる方法はそれくらいしかないかなぁって思う。世界の終わりとは別にね」
「地球と世界は別物?」
「うん、別物。世界が終わるなら、大洪水とか」
「あぁ、ノアの箱舟」


ぱたん、本を閉じて紙袋の中へ戻す。レミに勧められて借りた仙石家の本はどれも面白い。中でもレミが特に推していた地球が終わる一日前のおはなし、先程紙袋へしまったばかりの古い本はレミが勧めてくれただけあって面白かった。少しばかり昔のおはなしも中々悪くないものだ。仙石くんに、また何かお勧めの本があったら貸してねと頼み、自分の席へ戻る。今日の天気は快晴。雲ひとつ見えない青空からは大洪水が起こるほどの雨は勿論降るはずもなかった。






ひとりは寂しいだろう、だなんて仙石くんは言った。否定はしないけれど、余計なお世話。こちらだって貴方達に気を使って2人きりにしてあげてるというのに。今日も彼は、一緒に帰ろうと言って教室までやってきた。彼女はいいの?と言ったら仙石くんはレミも一緒だから大丈夫と言った。そういうことじゃないのよ馬鹿。


「終わりそう?」
「もう少しかかるよ。先に帰ってくれてもいいのに」
「いや、待つよ。レミもひなたと帰りたがってたし」


そっか、と頷いて目の前のプリントの束に集中する。日直だからと押し付けられた雑用は面倒臭いことこの上ない。仙石くんは手伝おうかと申し出てくれたが生憎ホチキスはひとつしかなかった。


「雪、なかなか解けないな」
「曇りの日が続くもんね。でも、日が出ちゃったらこんな雪すぐ溶けちゃうよ」
「それもそうだ」


まだほんのり白い中庭を見ながら仙石くんは呟いた。先週降った雪は今週になってもまだ解けないまま、その姿を残している。あの日降り積もった雪はもう雪というよりは氷と呼ぶ方が相応しいのかもしれない。ぱちんぱちん、一定のリズムでホチキスを動かしながらぼんやりとそんなことを考える。


「そういえば、レミは?」
「職員室」


あぁ、先生にお呼び出しをくらったのか。レミのお世辞にも良いとは言えない成績を思い出して苦笑する。職員室に呼び出されたということはまだもう少し時間がかかるのだろう。レミが帰ってくる前にこの作業を終わらせよう。もうひと頑張りと気合を入れて再びホチキスを動かす。ぱちんぱちん。軽快な音は静かな教室によく響いた。






「どうして大洪水なんだ?」
「え、何の話?」
「世界の終わりの話」


あぁ、この前の。思い出してひとり納得する。どうして急にとか色々疑問点はあったけれど特にこの話題を流すような理由もない。


「イメージかなぁ。神様がうんぬんかんぬんみたいな」
「曖昧だな」
「しょうがないじゃんか。うーん、大洪水が駄目なら酸性雨とか」
「何でまた」
「もっと酸性が強くなったらみんな溶かしてくれそうじゃない」
「それはなんというか……えぐいな」
「仙石くんワガママ」
「ひなたの発想が悪いんだよ」


人のせいにしないでよね。確かに私もちょっとこれはないかなぁっていうのもあるけど。酸性雨とか。


「じゃあ……灰がこの世界を覆い尽くすとか」
「雪じゃなくて?」
「雪は溶けちゃうじゃない」
「それは分かる。でも、どうして灰?」


こんなことを言ったら笑うだろうか。君は笑うかもしれないね。そんなの馬鹿な話だと、君は笑うんだろうね。でもね、なんでだか君には聞いてほしい気もするの。可笑しな話ね。でもこれから私が話すことの方が可笑しな話なのでしょうね。そう言って、君は笑うのでしょう?


「世界が、物語が終わるの。本が燃やされたから灰が降るんだよ」






ぱちん、最後のプリントを閉じてホチキスを置く。なんとかレミが帰ってくる前に作業を終わらせることができた。自分に拍手。顔を上げると、私の向かいに座っていた仙石くんは机に突っ伏して眠っていた。いつの間に。いくら暖房が利いているとはいえこんな所で寝たら風邪をひいてしまう。起こそうと声をかけたり体を揺すってみたりしたけれど一向に起きる気配はない。熟睡だ。どうしようかと考え込む。背中に雪でも入れてみようか。ちょっとした悪戯の意味も込めてその案は私の中で可決される。外に出ようと立ち上がり、廊下に出る。階段を下りて靴を履き替えて、そうしてそこでやっと、雪が降っていることに気がついた。真っ白な雪は風に舞ってはらはらと降り積もる。腕を伸ばして雪を掌にのせる。灰ではない、確かな冷たさを持った雪は掌の熱であっという間に溶けてしまった。


(やっぱり、雪じゃ世界は終わらないよ)
(もちろん、地球も終わりなんかしないよ)


さく、氷に近い雪の上に降り積もった新たな雪の感触を確かめる。まだ柔らかいそれを掌で丁寧に丸める。この雪玉を背中に入れたら仙石くんはどんな反応をするのだろう。教室に戻ってもう彼が起きていたら残念だ。自分の意地の悪さがなんだか可笑しくて小さく笑う。彼が起きたら、もう一度本を貸してもらうよう頼んでみよう。あの、古めかしい表紙の、地球が終わる一日前のあのおはなし、を。




 終末思想においての終焉妄想




予想外にも彼は笑わなかった。仙石くんは驚いて、それから寂しげな表情を見せた。どうして仙石くんがそんな風にするのか私には分からなかった。どうして、と聞いてみたい気もしたけれど、きっと彼は教えてはくれないだろう。


「灰が積もるとな、雪みたいになるんだ」
「そう、なの?」
「あぁ。優しくて、綺麗なんだ」


そうなの、と頷いて窓の外を見る。どうして仙石くんはそんなこと知ってるのかな。灰が積もっているところに行ったことでもあるのだろうか。でも、そんなところは無いよね。あったとして、焼却炉とか?うーん、それは汚いような気がするなぁ。でも、と仙石くんは言葉を続ける。仙石くんも同じように、窓の外に積もった真っ白な雪を見ていた。


「やっぱり、世界の終わりは寂しいよ」


どうしてそんなことが分かるのかな。私にはよく分からなかったけれど、仙石くんはそんな私のことは気にもせずにどことなく寂しげに微笑んで私の頭を撫でた。うん、私も世界の終わりは寂しいと思うよ。でも、仙石くんが優しくて綺麗なんて言うからちょっと見てみたくなっちゃうね。そんなことを思ったところで世界の終わりなんてまだ当分やってきそうにもないけれど。世界の終わりが来たら、皆で綺麗な世界を見よう。仙石くんは優しすぎるから、私も桜もレミも、みんな守ってくれるんだろうね。きっと、彼の力なんかでは誰も助かりはしないけれど。それでも、貴方の優しさで救われると思うの。今は少し嫌なくらいだけどね。うん、だから、世界の終わりが来るその時までは、窓の外に降り積もった真っ白な雪を皆で眺めていよう。それはきっと、とても幸せなことだから、ね。




 
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