雪が降っていた。しんしんと、それは止むことなく。はらはらと、それは積もっていった。


「まだ、止まないのか」
「うーんもう少しで止むと思うけどなぁ」


窓辺でじっと雪を見ているひなたはいささか嬉しそうだった。寒いうえに滑りやすい雪は俺自身好きではないので彼女の楽しそうな様子は理解しがたい。何故だ。ストーブの設定温度を上げて部屋をもう少し暖める。すっかり凍えきってしまった指先をストーブへ近づければ、少しだけじんじんと痛んだ。


「仙石くん、レミのとこ行かなくていいの?」


出られなくなっちゃうよ、と俺に背を向けたままひなたは問いかけてくる。そうだ、レミは、どこにいるんだ。生徒会室には俺とひなたの2人だけ。そこには桜やレミの姿はない。


「2階建ての家、もう埋まってる。レミも死んじゃうね」


彼女の言葉に疑問を抱く。そんなにも雪が積もるのか?別段吹雪いているわけでもないこの雪が、そんなに積もるとでも?しかし、ひなたはさも当然だというように淡々と喋る。一体、どうしたというのだ。俺は、ひなたは、こんなところで何をしている?


「仙石くん、行きなよ。私はひとりで大丈夫だから」


がらりと彼女が窓を開けたとたんに強い風が室内に吹き込んできた。雪は風に舞ってこちらへやってくる。突然のことに驚いて目をつぶり、腕で顔を隠す。はらり、雪が肘の辺りに落ちた。指で掬うと冷たいと思っていたそれは予想外にも温度を持っておらず、体温で溶けることもなかった。これは、雪ではない?


「灰、か?」
「うん」
「え、どうして? だって、雪が降ってるんじゃ……」
「雪なんて降らないよー」


可笑しそうに笑うひなた。対して俺は呆然。


「世界は終わるの。物語はおしまい。本が燃やされたから灰が降るのです」


ね、と綺麗に彼女は微笑んで、俺の手を取った。そのまま窓辺へと連れてこられて、そうして彼女は俺の手を離す。


「ひなたは、どうするんだ」
「私はここにいるよ。ここで、ひとりで死ぬよ」
「何故」
「だって、仙石くんはレミのとこに行かなきゃ」


頑なに俺をレミのところへ行かせようとするひなた。どうして、そこまでするんだ。こんなに白に包まれた世界ではもうきっと、レミの居場所も分からないというのに。


「ほら、早く」


ぐいぐいと俺の背中を押し、外へ追いやろうとする。しばらくは持ちこたえていたが結局彼女の力に負けて俺は白い世界へ放り出された。積もった灰は俺を優しく受け入れてくれた。起き上がり、窓を見る。ひなたは、窓を閉めずに、ただそこに立っていた。


「いつもそうして、私を置いていくのは仙石くんなんだから」


寂しげに告げる彼女は、灰に覆い尽くされた。俺を、残して。










重い瞼を上げる。そこには先程と変わらない生徒会室と、窓際に立つひなたの姿があった。体を起して傍らにあった携帯を開く。最終下校時刻はとうに過ぎていた。


「あ、おはよう仙石くん。ぐっすり寝てたね」
「あぁ……もう、止んだのか?」
「うん、ついさっきね。あ、レミからメール着てない? 一緒に帰るんだって騒いでたよ」
「え、あぁほんとだ着てる」


メールを開くと見慣れた文字の羅列が色とりどりに並べられていた。15分ほど前に着たものだった。レミのかばんは向かいのイスに立てかけられている。


「早く帰れって先生に言われちゃった。もう帰らないとね」
「あぁ、レミが来たら帰るか」
「うん、それじゃあお先に」
「……待て」


カバンを肩にかけて立ち去ろうとしたひなたに制止をかける。え、と彼女はとまどいながらもこちらを振り向いた。


「一緒に帰ろう」
「え、でも2人の邪魔しちゃ悪いよ」
「邪魔なんかじゃない」
「でも」
「それに」


さっきまでの、奇妙な夢。世界の果てで、世界の終わりを待つ、あの夢。頭の中を何度も駆け巡って、これはどうやら当分忘れられそうにない。脳裏に焼きついた、寂しげに笑う彼女、が。


「ひとりは、寂しいだろう」




 世界の果てにて




「ひなたと一緒に帰るの久しぶり!」


嬉しいねぇとレミは楽しそうに笑う。ひなたは一瞬驚いたような表情をして、それから幸せそうに笑った。久しぶりに、彼女の笑顔を見たような気がした。


「隙あり!」
「ぶっ!?」


ひひひっと彼女特有の笑い声が聞こえる。顔面に投げつけられた雪玉は思いのほか固められていて痛かった。少し離れたところではひなたとレミがまだまだと言った風に雪玉を作っている。まさか、それを全部投げるつもりか。彼女たちから少し距離を置いて、俺も負けじと雪玉を作る。


(あ、)


つかむ量が少なすぎたせいか、雪はあっという間に溶けてしまった。灰ではない、確かな冷たさを持った雪。それに少し安堵して、もう一度彼女たちの方を振り返る。雪玉を手にこちらへ忍び寄ってくる姿に、まさか、と思い逃走態勢を立てる。瞬間、大量に投げつけられる雪玉。何で俺がこんな目に。


「仙石くん待てー!」
「レミ、見てこれめっちゃ固めた」
「ひなたいけいけ! 投げちゃえ!」


悪魔のような会話をしている彼女たちの表情はとても楽しそうだった。不本意な部分もあるけれど、レミが、ひなたが笑っているのならば。


春は、もう近い。




 
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