「恋ってやっぱり甘いのかな」

ぽつり、つぶやいた言葉に彼は目を見開いた。
そんな信じられない、みたいな顔しなくてもいいじゃないか。

「お前どうしたんだよぃ。熱でもあんのか?」

失礼極まりないことを平然と言う奴だ。
まぁ、確かに普段のわたしからは想像もつかないだろう発言だったことは認める。
わたしは甘いものは微塵も好きではない。これっぽっちも好きではない。
現に、わたしの前に置かれているのはブラックコーヒーだし、チョコレートはビターよりもさらに苦いカカオ99%が好きだ。
しかし、遺伝子とはうまく組み合わさらないもので、わたしは外見だけならすごく女の子らしい、しかも甘いものが好きそうな雰囲気があるらしい。丸井ブン太談。

「ブン太失礼。いーよ、今日もらったお菓子は赤也にでもあげるし」
「ちょっタンマ! 悪かったって!」

このとおり!と頭を下げるブン太にためいきをひとつついてからポッキーを差し出す。
ブン太は満面の笑顔でお礼を述べて早速ポッキーの袋を開けた。
なんでそんな甘いものばっかり食べられるんだろう。謎は深まる一方だ。

「で、急にどうしたんだよぃ?」
「んー? いやいや今日友達に彼氏ができたんだけどさ」
「あー、だれだっけ、篠原?」
「うん、その子。でね、すっごい幸せそうな顔してたからさ。お菓子食べてる時のブン太みたいな」
「喧嘩売られてんのかコレ」
「いや、そんなつもりはないんだけど。うん、だから恋って甘いのかなーって思った」

わたしの結論にブン太が今度はためいきをつく。
あのな、とブン太が話をきり出す。

「そんなもん人それぞれだろぃ。つーか、お前の発言で俺は鳥肌が立った」
「よし、歯くいしばれブン太」
「ちょっそれタンマ! グーはヤバイだろぃ!」

グーに固めた右手をゆるめると、ブン太は安堵したようだ。
チクショウ、いつかコイツ殴り倒してやる。

「でも、恋は苦いものじゃなくない?」
「まー両想いなら苦くはねーだろうけど」
「ほら、やっぱ甘いんじゃん。うわ、わたし一生恋できなさそう」

甘いものが嫌いでも、わたしだって女の子。恋のひとつやふたつは夢みてる。
それでも苦い方がやっぱり好き。口にふくんだブラックコーヒーが心地よく感じる。

「いや、それはねーと思うけど」

不意に、ブン太がそんなことを言って席を立った。
机をひとつはさんで向かい合わせ、その距離がとたんにゼロになる。

「あー、確かにお前甘くはないな」
「は、え、ちょ、え?」

現状把握不可能。何が起こったのか理解するのにたっぷり数分かかる。
くちびるに、ほのかな、あまさ。
気づいて頬が紅潮していく。それは、たぶん、彼もおなじ。

「……恋、できそうか?」
「えーっと……できる、かも」

わたしがそう答えると、ブン太は満足そうに笑った。
彼の甘さに、わたしは案外毒されてるのかもしれない。


砂糖菓子なんて幻想
(女の子はそんなに甘くない、けれど)


甘い恋は、きっと、もうすぐそこに


 
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