※百合です


彼女の長い桃色の髪を指で梳くと、ふんわりと甘い香りがした。良い匂いだなぁなんて思って、そのままぼふりと彼女の髪に顔をうずめた。うわぁ、わたしってばヘンタイさんだ。だけど、そこはまぁ女の子同士の特権というかなんなのか、さつきちゃんは気にした様子もなく、いつも通り選手のデータをまとめていた。それがなんだか悔しいような気もするし、反対に気付かれなくて良かったと胸をなでおろしてる自分もいる。矛盾してる。ああ、複雑だ。顔を上げて、当初の予定通り彼女の髪をくくる作業に入る。指通りの良いさらさらの髪を上手いことポニーテールにすると、漸くさつきちゃんが顔を上げた。

「ありがとう、ひなたちゃん」
「どういたしましてー。ねぇ、さつきちゃんってどこのシャンプー使ってるの?」
「うーん、どこだったかなぁ。家帰ったら見てみるね。好きな香りだった?」
「うん。甘くて良い匂いだった」
「やだ、ひなたちゃんなんかヘンタイみたいだよ」
「さつきちゃんヒドーイ」
「うそうそ。ひなたちゃんは今日も可愛いです」

にこっとさつきちゃんが笑う。そんな綺麗な笑顔で、そんな可愛いことを言われちゃったらわたしはもうどうしたらいいの。後ろからぎゅーっと抱きしめると、さつきちゃんはわたしの頭をよしよしと撫でてくれた。さつきちゃんマジ天使。こうやって過剰なスキンシップをしても誰にも何とも思われないの、本当に女の子の特権だよなぁ。後ろから抱きついたまま、さつきちゃんが手にしたデータをぼんやりと眺めていると、ガチャリと部室のノブが回された音がして、そのままドアが開いた。何の遠慮も無しにずかずかと入ってきたのは、さつきちゃんの幼馴染である青峰くんだった。さつきーといつも通りのトーンで彼女を呼ぶ青峰くんも、私達のこの行為には何の疑問も持たないらしい。まぁ、女の子同士が抱きついてるなんて良く在る光景ですものね、なーんて。

「赤司が呼んでる」
「え? 本当?」
「えーなんだろー次の試合のことかな?」
「そうかも。じゃあ、行ってくるねひなたちゃん」
「うん。早く帰ってきてねー」
「あはは、善処しまーす」

名残惜しいけどさつきちゃんを離して、その後ろ姿を見送る。青峰くんはまだ練習に戻る気が無いのか、そのまま部室のベンチに腰を下ろした。早く練習戻れよ、赤司くんに怒られても知らないぞー。そんな意をこめて青峰くんを見ていると、今休憩中なんだよと言って、買ってきたらしいペットボトルのスポーツ飲料を喉に流し込んでいた。そう言われてみれば、体育館が静かになった気がする。ふーん、と頷いて、さつきちゃんが置いていったデータに目を通す。さつきちゃんの字は大層綺麗である。丁寧に書きこまれた用紙をパラパラと捲る。こうやってデータをまとめるさつきちゃんは、ふとしたときに、男の子っていいなぁ、と呟くのをわたしは知っている。男の子って単純なんだから、と笑う彼女が、男の子という存在に少し羨望していることを知っているのなんて、きっとわたしくらいだろう。そこに優越感を覚えつつも、こんなにもやりきれない気持ちになるのは、きっと、わたしも彼女と同じ『女の子』だからなのだろう。

「あーあ、わたしも男の子に生まれたかったなー」
「お前はそこらの男よりはよっぽど男らしいから安心しろよ」
「ふざけんな青峰くん表出ろ」
「そーゆートコだっつーの!」

飲み干したらしいペットボトルをぐしゃりと潰す青峰くん。何言ってんの、わたしはどれだけ男らしくったって所詮は女の子だもの。貴方みたいにペットボトルを容易く潰せるほどの握力も無ければ、身長だってもう伸びない。年を重ねるごとに柔らかく丸みを帯びた体つきになって、髪が伸びて、どんどん男の子から遠ざかっていくだけなのよ。

「青峰くん、休憩終わりましたよ。こんな所で何してるんですか」
「おーテツー。いや、なんでもねーわ。練習戻る」
「そうですか。綾瀬さん、お邪魔してすいません」
「いえいえー。さっさとそのガングロ連れてってくださーい」
「了解しました」
「オイ、ガングロとか何言っテツてめぇ首元引っ張んじゃねぇよぐぇ!」

ずるずると引きずられていく青峰くんと青峰くんを引きずっていく黒子くんを見送って、もう一度データを見た。男の子に生まれたかった、とさつきちゃんは言う。それはわたしも同じ。でも、きっと私たちの男の子に対する憧れはきっと別のところにある。きっとじゃなくて、絶対的に。

「女の子は、辛いねぇ」

やっぱり、わたしは男の子に生まれたかったよ。だって、そうじゃなきゃ、さつきちゃんの隣には一生立てないもの。あーあ、女の子って、わたしって、本当に報われない。


無生産恋愛論


 
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