鏡と向かい合って、ビタミンカラーのパレットを使い、目の周りを彩る。薄いピンクのチークを頬に乗せて少し馴染ませる。ピンクのグロスで唇をなぞると、そこには十時恋がいた。家とは違う、外での十時恋だ。にこりと笑ってみる。かわいくない。気を取り直して、こてを使って染めたばかりのハニーブラウンの髪をくるくると内巻きにした。ついでに編み込みも作ってやれば流行のスタイルが完成する。器用なもんだと自分に感動しながらベビードールを手首につけた。甘い薫りがした。

「恋ー? 行かなくていいのー?」
「もうちょっと!」

化粧品一式をポーチに入れて、黒いレースのシュシュを手首につけた。リボンもついたそれはちょっとしたアクセサリーのようでアタシのお気に入りだ。カバンを肩にかけて部屋を出て階段を駆け下り玄関に辿り着く。行ってきまーす!と言うと、ママの行ってらっしゃいという声が聞こえた。
外に出るとぎらぎらとした日差しがアタシを襲う。なにこれ、暑い。学校に着く前に溶けちゃいそうだ。ぱたぱたと手で扇いでみても一向に涼しくはならず、むしろ暑さが増すような気がしてやめた。家から学校までの20分ほどの道のり。その少し先に見慣れた銀髪が見えた。

「仁王!」
「……十時」

おはよ、と言うと、おはようさんと返ってきた。隣であくびをする彼はやっぱり低血圧なんだとひとりで納得した。中学に入ってからずっと一緒のクラスの仁王とアタシはわりと仲が良いと思う。多分、だけど。

「七摘と話したんじゃろ?」
「そう! そうなの!」
「よかったのう」
「うん!」
「まぁ、俺も話したけど」
「はあああ!? 仁王まじなんなの! 何話したの!」
「……秘密」
「うざ!」

にやりと意地悪く笑う仁王は、これまたイケメンってやつで。でも仁王はどっちかっというと美人な気がする。何度目かのあくびを零す仁王にかるーくパンチを入れておいた。骨折したとかわざとらしく言ってるけど絶対うそ。小学生かお前は。

「仲良いんだね」
「別に仲よくなんか……七摘さん!」
「おはよう、十時さん。仁王くんもおはよう」
「お、おはよう!」
「おはようさん」

ふわりと黒髪をなびかせて笑う七摘さんはとても綺麗だ。アタシ、今すごい顔赤くないかな。やたらてんぱっているような返事をしてしまったことに後悔の念を抱きながらカバンをかけなおす。ふと視線を上げたところで校門に人が群がっているのが見えた。あれ、今日って何かあったっけか。

「そういえば、今日は服装検査の日だね」
「……えっ!?」

うそだ!確実にひっかかるんですけど!隣にいる仁王と顔を見合わせて頷く。逃げよう。多分あそこには、真田とかいる。絶対いる。仁王はあそこで引っかかっても上手くかわすんだろうけどアタシには無理だ。そんな面倒なこともお断りだ。

「正門はやめよ」
「じゃな」
「じゃあ、ここでばいばい、かな?」
「……ごめんね、七摘さん」
「気にしないで。それじゃあまたあとで」
「うんっ!」

ひらひらと手を振って七摘さんと別れる。あーあ、もうちょっと話していたかったなぁ。仕方ないことだけど。踵を返して正門とは逆方向へ。あまり人がいない北門と東門、その丁度真ん中あたりの塀をよじ登って校内へ入る。風紀委員に見つからないように静かに、そっと。しばらく歩いたところで仁王が、十時とアタシを呼んだ。

「七摘のどこが好きなんじゃ?」
「好きっていうと語弊があるけど……まぁ、全部、かなぁ」
「全部?」
「うん、ぜーんぶ」

綺麗な黒髪も、陶器のように白い肌も、ぱっちりした瞳も、その立ち振るまいも。すべて、アタシの憧れ。いくら化粧をしたところで彼女のように可愛くはならないし、性格なんて変えられるはずもない。そう、いくら頑張ったって、彼女にはなれない。彼の視線が追う先には、なれない。

「遅刻しちゃうよ。いこ、仁王」
「……そうじゃな」

校舎に向かって歩みを進める。生徒たちの喧騒の中で、ごめんと呟いたのはどっちだったんだろう。


ひびの隙間に花ひとつ
(なんでもないよ、どうしようもないの)




 



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -