ぽふん、ベッドにダイブするとゆったりと沈んだ。転校初日はもちろんうまくいくはずもなくて、友達は1人もできなかった。わたしが悪いんだけど。わたしが、明るくも可愛くもなくて馬鹿で弱虫だから。自己嫌悪に陥った所で誰も助けてはくれないと分かりきっているのに。わたしはダメだな。溢れ出てきそうな涙を必死に堪えて、ぐっと息を飲み込んだ。ふと息を吐くと視界は少しだけ歪んでいた。こんこん、とノックが2回鳴る。返事もしないうちに開けられた扉からはお姉ちゃんが顔をのぞかせていた。

「椿、お風呂入っていーよ」
「うん……わかった、入る」
「さっさと入ってきなさい。あ、そういえば」
「どう、したの?」
「さっき蓮二くんから電話あったよ」
「……! な、なんで早く言ってくれなかったの……っ!?」
「えー? なんでかなー?」

にやりとお姉ちゃんは悪戯っぽく笑う。6つも年上なのに、こういうところは子供っぽいんだから。ベッドから降りて扉の前へ行き、お姉ちゃんを部屋から追い出すようにぐいぐいと押す。

「もう! お姉ちゃん先にお風呂入ってていいからっ」
「わーいっ。ありがと椿ちゃん!」

部屋から出ていったお姉ちゃんは鼻歌を歌いながら自分の部屋に戻っていった。ふぅ、と息を吐いて机の上に置きっぱなしの携帯を手に取る。蓮二くんから、電話。とくん、高鳴る鼓動がわたしに早く早くと急かす。床に正座して深呼吸を2回。よし!と自分の中の勇気を奮い立たせて、もうすっかり覚えてしまった柳家の電話番号を押す。そっと耳にあてると、コール音が数回繰り返されたのち、だいすきな声がわたしの耳に届いた。

「はい、柳ですが」
「あっ! もしもし、蓮二くん……?」
「椿。早かったな」
「……うん。あ、久しぶり、だね」
「そうだな。正月以来か」

数か月ぶりに聞く声にわたしはひどく安心した。よかった、蓮二くんだ。わたしの、だいすきな。

「何か用事、だった?」
「いや、こちらに戻ってきたと聞いてな。立海はどうだ?」
「え……っと、うん、いいとこ、だと思う」
「友人はできたか?」

友人。その単語が聞こえてわたしは言葉に詰まった。電話の向こうはとても静かで、蓮二くんはきっと、わたしの返答を待ってくれているんだろう。でもわたしは、彼が望む返事は返せない。彼に嘘はつけない。だからといって、本当のことを言うのもなんだか苦しかった。そのままいったいどれくらいの時間の沈黙が流れたんだろう。もしかしたらほんの数秒のことなのかもしれないけれど、わたしにはそれが永遠にも感じられた。

「……まだ」
「そうか」

やっとのことで言葉を発して、わたしの喉はからからに嗄れてしまったように焦がれていた。対して蓮二くんの声は淡々としたもので、わたしはそれに安心しながらも少しばかり寂しさや不安を感じる。ごめんなさい、きらいに、ならないで。じわりとぼやけた視界は電話の向こう側にいる彼の姿を映さない。洟をすすると彼の呆れたようなため息が聞こえた気がした。そしてとうとうスカートに一点の染みを作る。ぐしゃりと握り締めた裾はもうしわくちゃになっていて、それはわたしによく似ていた。

「友人はできそうか」

答えることはできなかった。そのとき、脳裏にひとりの女の子の姿がよぎった。高めのかわいらしい声で、わたしに話しかけてくれた。逃げ出してしまったわたしに、彼女と仲良くする資格なんてあるのだろうか。でも、もしも許されるならば。

「あの、ね」

ゆっくりと、言葉をつむぐ。蓮二くんはいつだってわたしの言葉を待ってくれる。だからわたしは彼の優しさに甘えて、ゆっくりと、しっかりと、わたしの伝えたい言葉を、想いを、かたちにする。

「友達に、なって、みたい子、がね、いる、の」
「……そうか」
「……うん」

ひっく、しゃくりあげた声は情けなくて、掌でごしごしと涙をぬぐった。涙で滲んだ世界はなんだかおぼろげで怖かった。

「頑張れ」

がんばれ、その言葉にわたしは何度励まされたんだろう。わたしはどれだけ貴方に支えられているんだろう。またじんわりと涙が世界を覆ったけれど、そこには先程までの恐怖は存在しなかった。これは、嬉し涙なのだ。

「うん、がんばる」

またね、と言って電話を切った。立ち上がって窓を開ける。夜の涼しい空気が部屋に入り込んだ。風が頬をなでて涙も自然と乾いていく。そうだよ、まだこれからなんだから。がんばろう、椿。ぎゅっと携帯を握り締める。やっぱり、貴方がすきなんだ。夜空に浮かぶ月は穏やかに、優しくわたしを照らしていた。


柔らかな掌握
(貴方にもらったものが今のわたしのすべてなんだと、)




 



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