一般よりも大きな門をくぐり、やってきたのは久しく訪れていなかった弦一郎くんの家。出迎えてくれたおばさんに挨拶をして部屋に連れて行ってもらった。まだ全然集まっていないのか、部屋に人は弦一郎くんとわたし、それから綺麗な女の人しかいなかった。

「椿」
「こんにちは、お邪魔します」
「え、真田と椿ちゃんって知り合いなの?」

弦一郎くんに挨拶をすると、黒くて長いふわふわした髪の女の人がわたしと弦一郎くんを見比べて言った。誰だろう、すごく綺麗な人だけど。わたしの視線に気付いたのか、女の人はにこりと微笑んだ。

「初めまして。男子テニス部マネージャー3年の片平恵理です。よろしくね」
「あ、はじ、初めまして! 香山椿、です」
「理奈から話は聞いてるよ」
「え、あ、片平さんの、お姉さん……?」
「そう。姉妹ともどもよろしくね」

恵理さんは片平さんのお姉さんらしい。言われてみれば、確かに容姿や内面が似ているように思われた。綺麗で、しっかり者で、凛とした人。差し出された手をおずおずと握り返すと、恵理さんはより一層綺麗に笑った。

「椿、早いな」
「あ、蓮二くんおはようっ」
「ああ、おはよう。片平も」
「おはよう。真田、柳来たわよ」

障子が開いて姿を現したのは蓮二くんだった。私服、久しぶりに見た。相変わらず、カッコイイ。どきどき、うるさい、わたしの心音。わたしが一人葛藤していると、2人は腰を上げて何かを準備する様子だ。何をするんだろう。首を傾げていると、恵理さんがくすりと笑う。

「机をね、動かすのよ。予定していたより人が多く集まったから部屋を二つ続きにするの」
「そう、なんですか。あの」
「ん?」
「わたしが、来るの、迷惑でしたか……?」

きゅっと服の裾を握る。ああ、わたし、どうしてこんな考え方しか出来ないんだろう。迷惑じゃないわけない。こんなこと聞いて、迷惑に思われないはずなんてない。頭上で溜め息が聞こえた。ああ、呆れられている。迷惑なんだ。謝らなくちゃ。帰らなくちゃ。

「椿ちゃん」
「……はい」
「呼んだのは私達だし、迷惑なんてちっとも思ってないわ」
「え」
「そもそも今回の勉強会は多く人を集めようと思っていたの。楽しいし、捗るからね」
「でも、わたし」
「私、椿ちゃんに会うの楽しみだったのよ。理奈や恋や柳から話を聞いて、とても会いたかったの」

私の背丈に合わせて恵理さんが屈む。俯く私の瞳は恵理さんとは交わらないけれど、それでも彼女はきっと、優しい目をしているのだろう。穏やかな声色だったけれど、それは微かにわたしに対する戒めを含んでいた。

「だから、そんなこと言わないで」

ぽんぽん、と背中を優しく叩く。あやすような、心地よいものだ。顔を上げると、想像の通り、恵理さんは穏やかに微笑んでいて、わたしはなんだか急に恥ずかしくなってしまった。わたしは、なんて酷いことを、言っているのだろう、と。どうしてこの人に、こんな優しい人に、あんなことを言ってしまったのだろう、と。

「……すみません」
「うん」
「あり、がとう、ございます」
「よく出来ました」

最後にわたしの頭をくしゃりと撫でて恵理さんは再び立ち上がる。そうだ、わたしも何か手伝わないと。

「あの、わたしも、何か」
「そうか。では、片平と座布団を用意してくれんか」
「座布団だね。分かった」
「真田ー座布団どこー?」
「その押し入れに入っているはずだ」
「あら、本当。椿ちゃん、はんぶんこしましょうか」
「はいっ!」

今日ここに来るのは14人ということで、用意する座布団は勿論14枚。半分に分けて、わたしと恵理さんで7枚ずつ運ぶことになった。7枚くらいなら一度にいける気がする。うん、と頷いてそのまま抱え込んだ。予想外に重かった。とてもふらふら歩いている気がする。隣で恵理さんは吃驚しているようで、焦ったという風な声でわたしを制止しようとする。残念ながら、止まったら負けな気がします。前も見えないんです。何が一度にいける気がする、だ。わたし、ばか。

「椿」

あ、蓮二くんの声。そう思った時には視界が開けていて、おまけに重量も大分減っていた。あれ、どうして。声のした方を見ると、蓮二くんがわたしの持っていたほとんどの座布団を手にしていた。ええええなんで、そんないちいちカッコイイの。今度は違う意味でふらふらくらくら。

「努力するのは好ましいことだが、そんな一度にやらなくても良い」
「……ごめんなさい。ありがとう、蓮二くん」
「構わない。そのくらいなら大丈夫だろう」
「うん、平気だよ」

わたしが持っているのは2枚だけ。5枚も持つなんて、重いだろうな。それなのに、文句ひとつ言わずに、わたしが困っていたら助けてくれるんだもんな。優しいんだよね、本当に、蓮二くんって。よいしょ、と座布団を下ろした所で襖が開いた。誰だろう、と見やると、それは見知った姿だった。

「おはよう。ごめんなさい、少し遅かったかな」
「水祈おはよう。全然遅くないわ、まだ水祈入れたって5人よ」
「そっか、良かった」

ひらりと丈の長いワンピースをまとった水祈さんだった。わたしの視線に気づくと、水祈さんはもう一度おはようと今度はしっかりとわたしに向かって声をかけた。慌てて挨拶を返すと水祈さんはいつものように穏やかに微笑んだ。

「真田くん、これ、よかったら。フルーツ寒天作ってきたの」
「む、そうか、礼を言う」
「ううん、気にしないで。皆甘いもの大丈夫だよね?」
「ああ。これなら弦一郎も食べれるだろう」
「さすが水祈ね。休憩時間楽しみになっちゃった」

ああ、まただ。このおいていかれている感じ。取り残されている感覚。きっとまた蓮二くんが気付いてくれるんだろう。それじゃ駄目なのに。迷惑をかけてばっかり。ああ、わたしって本当に迷惑だ。邪魔だ。わたしなんて、はやく、はやく、

(はやく、わたしを)

「椿も、寒天好きだったろう」
「うん。水祈さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。冷蔵庫借りても良い?」
「ああ」

わたしはずるい子。わたしは悪い子。ねぇ、だから、はやく、わたしを。蓮二くんがわたしの手を引いて会話に混ぜてくれる。大きくて優しい手。わたしはまたそれに甘えてしまう。縋ってしまう。それじゃ駄目なのに。強くなりたいのに。それなのに、わたしはこんなことしか願えない。ねぇ、蓮二くん、はやく、わたしを、その大きな優しい手で、惨たらしく葬って。


淡いだけのアルコール
(夢のような幻にさえ酔えやしない)




 



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