「勉強会?」

家に帰って来てから携帯を確認した臣くんは今更ながら私のメールに気づいたらしい。やっぱり、メールした意味なかったなぁ。苦笑いを零しながら、うんと頷く。茹であがった素麺を水で冷やしていると、訝しそうに臣くんがこちらを見た。

「また、テニス部か」
「そうだよ。あ、でも恵理も一緒だよ」
「……恵理ちゃん、なぁ」

お皿にもりつけて卓上に置く。パチン、と携帯を閉じて臣くんは思案している。臣くんは昔から、私が男の子と遊ぶのを良く思っていなかった。そのせいで私は中学校に入学するまで男の子と遊んだことが無かった。中学生になってからは恵理が男子テニス部のマネージャーをし始めたこともあって、そういうわけにはいかなかったのだけど。臣くんは心配性なのだ。それもとびっきりの。今回もダメって言われるのかなぁと諦めかけていたところだった。

「……6時には帰ってくること」
「……え」

まさか、許可されるとは。てっきり今回も断られるのかと思っていたから、予想していなかった返答にぽかんとしてしまう。手にしていた箸がからんからんと音を立てて床に散らばった。

「あーあー落としてくれちゃって。ほら」
「あ、ありがとう。え、いいの? 本当に?」
「まぁ今まで断らせてたのもなぁ。水祈ももうすぐ15になるし、良い機会だと思って」
「……ありがとう」
「どういたしまして。ほら、さっさと箸濯いで飯にするぞ」
「うん」

もうすぐ15歳だから良い機会って、どういうことだろう。分からない、けど。まぁ、いっか。あとで恵理にメールしなくちゃ。簡単に洗った箸を手に持って食卓につく。いつもどおりの他愛ない会話をしながら夕食を終えた。臣くんが食器を洗う音を聞きながらぼんやりとカレンダーを眺める。7月めくって8月、赤く丸をつけた15日。臣くんの不格好な文字で書かれた『水祈の誕生日』の文字。もう1カ月もすれば、私は15歳だ。知らず緩む口元を片手で押えた。見られてないよ、ね。そうだ、恵理にメールしなくちゃ。携帯をとりに部屋に戻ると、ちょうど着信の文字と聞きなれたメロディが響いていた。慌てて携帯を手に取り、耳に当てる。

「もしもし?」
「えっ、あ、もしもし十時です!」
「こんばんは。何か用事かな?」
「用事っていうか、これは仁王が勝手に……じゃなくて、アタシも明日の勉強会行くことになったから!」
「そうなんだ。それじゃあ明日はよろしくね」
「うんっ。また勉強教えてね!」
「もちろん」
「えへへ……あ、ちょっこら仁王!」
「もしもし」
「……もしもし。こんばんは、仁王くん」

十時さんの声が電話口に聞こえる。それよりも近くで愉快そうに喉を鳴らす仁王くんの声が聞こえる。なるべく不快感を出さないように穏便に受け答えをする。ああ、どうして、この男が。

「明日はよろしく」
「よろしくね。仁王くんに教えてもらうことはないと思うけど」
「学年3位に教えようなんて思うとらん。教えてもらうことはあるかもしれんがのう」
「どうだろうね?」
「相変わらずじゃのう」
「そうかな? 十時さんに代わってもらえる?」
「嫌じゃ」
「ちょっと仁王返してよ! それアタシの携帯!」
「ほら、十時さんもこう言ってるし、ね」

暫くの間、私と仁王くんの間に無言が流れる。その間聞こえるのは十時さんが仁王くんから携帯を取り返そうと奮闘している声だけ。そして、ようやく仁王くんが口を開いた。

「お前さん、俺のこと嫌いじゃろ」
「嫌いだよ。貴方だって、私のこと嫌いだよね」
「はっきり言うのう。まぁ、嫌いじゃが」
「ちょっと仁王何言ってんの?」
「だって、仁王くんは十時さんのこと大好きだもんね」

一言一言を明瞭に伝える。仁王くんが力なく笑った。ああ、なんだか、愉快だな。それなのに、こんなにも虚しい。

「やっぱり、お前さんのこと、嫌い」
「ありがとう、光栄だな。それじゃあ十時さんに代わってもらっていいかな?」
「あ、七摘さん!? 仁王がごめんね!」

ようやく十時さんの元に携帯が戻ったのか、彼女は食いつくように言葉を発する。いいよ、気にしないでねと声をかける。あとでアタシが絞めとくから!なんて彼女は怒る。まぁ、その必要はないんじゃないかな。たぶん、きっと。そのあと2,3言葉を交わしてから、それじゃあまた明日と通話を終えた。携帯を充電器に繋いで着信履歴を見つめた。

「水祈、風呂湧いたぞ」
「うん、わかった」
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもないよ」

なんでもないよ。そう、ちょっと彼があんまりにも私を苛めようとするから仕返ししてあげただけだもの。それだけだよ、と心で呟く。そうか、と臣くんは私の心中を知らずして笑った。私も笑みを返して、部屋を出る。笑う、それなのに、やっぱり、心はこんなにも、虚しい。


盲目の魚と肋骨のディナー
(見えない心に刺さったままの何か)




 



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