「ジャッカルせんぱい、水祈せんぱい、よろしくお願いしまーす!」
「うん、任せて」
「早く行ってやれよ。アイツも待ってるだろうしな」
「はいっ!」

あたしの習慣である花壇の世話を生物委員のお2人に任せて、あたしはバス停に向かって走る。今日はあの人に会いに行く日なのだ。大好きな、憧れのあの人に。育てた花を小さめの花束にして、それを抱えてバスに乗り込む。暫くの間揺られていると、目的地にたどり着く。白い建物、あたしが嫌いな、大好きなあの人がいる場所。自動ドアを潜り抜け、エレベーターで上の階へ向かう。廊下を進んでいくと顔なじみの看護婦さんに出会った。

「あ、まなちゃん。お見舞い?」
「こんにちはー。はい、お見舞いですっ」
「そっか。さっき丁度検査終わったばかりだから部屋にいると思うよ」
「ほんとですか? ありがとうございます。あ、これよかったらどうぞ!」
「わ、綺麗! いつもありがとうね。皆も綺麗だって喜んでくれてるの」
「そう言って下さるとあたしも嬉しいです! あ、そろそろ行かないと」
「そうね。まなちゃん来るといつも嬉しそうだもの。早く行ってあげないと」
「はい! それじゃ、失礼しますっ」

花束のひとつを看護婦さんに渡して、病室を目指す。子供たちが遊んでいるのか、楽しげな声が廊下に溢れていた。ノックをしてからドアに手をかけてゆっくりと横に引く。いつも通りベッドに座り、今日も彼は窓の外を見つめていた。

「幸村せんぱい」

彼の名前を呼ぶと、こちらを向いて綺麗に微笑んだ。こんにちは、と挨拶をして傍らの椅子に腰を下ろす。

「調子はどうですか?」
「いつもより良いよ。まなが来てくれたからかな」
「ほんとですか? そんなこと言うなら、あたし毎日来ちゃいますよっ」

にひっと笑って答えると、幸村せんぱいも笑って、そしてあたしの持ってきた花束を指差した。あ、そうだ、渡さないと。

「これ、お見舞いです」
「ありがとう。これもまなが育てたやつ?」
「買ったものもありますけど、大体は」
「これはカラーだね。アガパンサス、紫蘭もある」
「こっちがガーベラ、これがアネモネで……あ、花瓶に挿しますね」

机の上にあった花瓶を手に取り、水道をひねる。ざぁっと水が流れ出し、その音に紛れてせんぱいが小さく言葉を零した。はっきりと聞こえない程の声量だったけれど、きっとあたしに聞こえない為のものだろうと聞き返すことはしなかった。代わりにと違う話題を投げかける。もうすぐテストなんです、でもそれが終わったら球技大会なんです。楽しみですけど、憂鬱なんです。そういえば、明々後日は七夕ですね。もうお願い事は決めましたか。いつも雨が降りますけど、今年は晴れると良いですね。ことりと花瓶を置いて話題も尽き始めた頃に、せんぱいがぽつりと言葉を零す。哀しいような苦しいような声色。

「手術の日が、決まったんだ」

手術をすることは知っていた。成功率が高くないということも聞いていた。それでも幸村せんぱいはそれをすることなど、とうに分かっていた。あたしは、そうなんですかと言って微笑むことしか出来ない。成功しますよ、大丈夫です、なんて、軽々しく言えない。こわい。こわいんです、せんぱい。

「今月の終わり頃。27日」
「そう、なんですか。結構早いんですね」
「そうだね」

まな、せんぱいの声が響く。静かな病室に木霊する。

「俺も怖いよ。でも、決めたんだ」
「……知ってます」
「真田との約束の為にも、それから、君の為にも」

だから、大丈夫。そう言うように、せんぱいはあたしの頭を撫でた。優しい手つきだった。温かい、せんぱいの手だ。笑顔でいなきゃ、前向きに考えなきゃ。そう思うのに、せんぱいのことを思うと苦しくなるんです。涙が溢れてしまうんです。ああ、あたしも、弱いなぁ。

「せんぱい」
「うん」
「早く、テニスしましょう。一緒にお花も育てましょう」
「そうだね」
「あたし、待ってます」
「まな」
「はい」
「ありがとう」

ふわり、先輩が笑う。あたしは願う、魔法をかける。この病院の白にせんぱいが塗り潰されないように、お花で色をつけて、せんぱいが早く元気になりますように、せんぱいが笑顔でいられますように、せんぱいがどうか幸福でありますように、と。その想いが叶うなら、これ以上なんて必要ない。それだけで幸せだ。開けた窓から風が入り込む。花瓶に挿したファレノプシスが揺れていた。


覚えていた祈り方
(どうか彼に幸福が訪れますように)




 



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