おはよう、お父さん。手を合わせて心中で呟く。幾分か古くさくなってしまった写真の中で、今日もお父さんは柔らかく頬笑んでいる。

「まなー時間いいのー?」
「今行くー!」

立ち上がってカバンを肩に掛けた。行ってきまーす!と言えば、いってらっしゃいという声と共に、開けたドアから青い空があたしを出迎えてくれた。
お父さんが亡くなったのは、丁度あたしが小学校に入った年だった。事故だったらしい。詳しいことは知らないし、あたしがお父さんに関して憶えていることも多くはない。それでもお父さんは大好きだし、記憶の中のお父さんは確かにあたしを愛してくれていた。きっと、それを懐かしむだけでいいのだ。きっと、それだけで充分なのだ。

「りっちゃーん! おっはよー!」
「おはよ、まな」

あたしとりっちゃんは同じマンションに住んでいる。その為、小さい頃はよく公園で一緒に遊んだりもした。仲良しなことは今も変わらないんだけどね!普段はりっちゃんが朝練だったり、あたしが水遣り当番だったりして中々一緒に学校へ行けないけど、テスト期間だけは毎日一緒に行っている。

「まな、勉強どう?」
「あんまりー。りっちゃんは?」
「普通かな。そういえば、お姉ちゃんが勉強会やらないかって」
「勉強会?」
「そ、毎回大会前の大事な時期にやるんだって」

なるほど、赤点取って補習なんてことになったら困るもんね。切原くんなんか特に中間で赤点とってたもんなぁ、英語。あたしもギリギリだったから人のこと言えないんだけど。

「あたしも行っていいの?」
「お姉ちゃんがおいでーって言ってたよ」
「じゃあ行く!」

テニス部で勉強なんて楽しそう!勉強は好きじゃないけど、それを好きな人たちとやるなら楽しいと思う。先輩たちとはあまり話したことはないけど、これをきっかけにもっと仲良くなれたらいいなぁなんて。ふふ、と頬が緩み、あたしは幸せな気持ちになる。りっちゃんがあたしを見て柔らかく笑った。きっと楽しいとか幸せだとか、そういう気持ちは伝染するのだ。伝染っていうとちょっと病気みたいだけどね。

「お、おはよう……っ!」
「あ、椿ちゃんだ! おっはよー!」
「おはよ、香山さん」

交差点の向こうからやって来た椿ちゃんに挨拶をする。椿ちゃんは小走りで駆け寄ってきて、あたしたちの隣に並んだ。なんだか、椿ちゃん転校初日より大分慣れてきてくれたような気がする。ちょっと、明るくなったっていうか。いいことだ。

「香山さんも来る? 勉強会」
「勉強、会……?」
「テニス部でやるんだって! 椿ちゃんも一緒にやろーよ!」
「テニス部……あ、明日の……?」
「そうそう。あれ、知ってるの?」
「蓮二くんから、昨日の夜に聞いたの」
「……蓮二くん?」

きょとりとりっちゃんが首を傾げた。椿ちゃんはそんなりっちゃんを不思議そうに見つめる。あ、そっか、りっちゃんは柳せんぱいと椿ちゃんがイトコって知らないんだっけ。あたしだって偶々知ったにすぎないんだけど。

「柳せんぱいだよ。イトコさんなんだって!」
「イトコ……え、香山さんと柳先輩が? へぇー」

じーっと椿ちゃんを見るりっちゃん。椿ちゃんは状況が把握できてないらしく、やっぱり不思議そうにりっちゃんを見つめていた。

「言われてみると、なんか似てるかも」
「……えっ!? そ、そそそそんなことない! 蓮二くんはわたしなんかよりずっと……!」
「ずっと?」
「っ! な、なんでも、ない、です……」

顔を真っ赤にして俯く椿ちゃん。お?この反応は……。りっちゃんと顔を見合わせるあたし。にっと笑う。なるほどなるほど、そういうことか。椿ちゃんってほんと可愛いなぁ!

「そっかそっかぁ!」
「えっ、な、なんで、しょう……?」
「大丈夫、あたしは応援するよ椿ちゃん!」
「うん……?」
「いつでも相談してね、香山さん」
「ありが、とう……?」

まだ状況把握が出来てないらしい。鈍い、鈍いよ椿ちゃん……!あたしとりっちゃんはもうにやにやが止まりません。中学生だもの、この話題は美味しすぎる。初恋だってまだだけど、あたしだって女の子、遠足や修学旅行なんかでは恋バナだってしてきた。ただ悲しいかな、あたしもりっちゃんも恋なんて経験は無いのである。だから、身近に恋してる人がいるっていう状況は初めてかもしれない。椿ちゃんには悪いかもしれないけど、ちょっとわくわくしてるのだ。

「……え、あの、え!?」

ようやく気付いた椿ちゃんが真っ赤な顔で慌てふためくのをあたし達は微笑ましく見守る。うん、可愛いなぁ。なんだか、あったかい気持ちになる。椿ちゃんの想いが叶うといいなぁ。きっと、叶ってほしいなぁ。あたしはそっと祈る。ねぇ、お父さん、もしもあたしを見守ってくれてるなら、お父さんも一緒に祈ってね。やっぱり、お友達は大切だから。どうか椿ちゃんが笑って過ごせるような未来が訪れますように、って。

「まな? 信号変わったよ、行こっ」
「うん!」
「あ、ま、待って……!」

だから、きっと、今日も素敵な日になるよ。


採光の日々
(だから世界はとても美しいのでしょう)




 



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