ホームルームが終わって窓の外を見ると、雨が降っていた。晴れたり曇ったり、果てには雨が降りだすなんて、本当にお天気は気紛れですこと。傘持ってきて正解だったなぁ。天気予報のお姉さんに感謝しなくちゃ。

(部活の伝言はちゃんと赤也に伝えたし、帰ろうかな)

真田くんに頼まれたら断れないよね。マネージャーでもない私に頼むのも、ちょっと可笑しな話ではあるけれども。まぁ、恵理も忙しいんだろう。ぐっと背伸びをしてから鞄を肩に掛けた。ばいばい、と友達に手を振り、廊下に足を踏み出す。ひんやりとした、夏には似合わない空気が校舎を支配して、なんとなく嫌な感じ。湿気を帯びた風が私の髪を揺らしていった。貼りつくような感じが、ちょっと、気持ち悪い。

「あれ、七摘もう帰んの?」
「丸井くん。うん、特に残っていく用事もないし」

遠くからでもよく分かる赤色の髪、その持ち主である丸井くんは何やら多くのプリントの束を抱えながらこちらにやって来た。彼がいつも噛んでいるガムの甘い薫りが鼻腔をくすぐる。

「それ、どうしたの?」
「これ? 課題だとさ。よりによって数学」
「うわぁ……それはご愁傷さま、だね」
「マジありえねぇよな!」

ちょーっと寝たくらいでなんて仕打ちだ、と嘆く丸井くんは、ちょっと子供っぽくてなんだか可愛い。ふふ、と私が笑いを零すと、丸井くんはムッと眉間に皺を寄せた。しまった。ちょっと、気分を悪くしちゃったみたい。

「なんだよ七摘!」
「ふふ、ごめんなさい。なんだか、可愛いなぁって」
「……可愛くねぇし」
「ごめんね。うーん……そうだ、その課題、私も手伝うよ」

むすっとしていた丸井くんは、私の言葉を聞いて、今度はきょとんとした。怒らせちゃったお詫び、と私が言うと、丸井くんは男の子にしては大きな瞳をきらきらと揺らす。マジ?と恐る恐る尋ねる彼に笑って頷けば、さすが七摘!と喜ぶ姿が見れた。数学は嫌いじゃないし、丸井くんがこんなに喜んでくれるなら、悪くない、かな。

「ブンちゃん、うるさいぜよ」
「うっせぇ仁王! つーかブンちゃん呼ぶな!」
「ブンちゃんのが可愛いじゃろ」
「可愛くねぇよ!」

教室からひょっこりと顔を出した仁王くんは、そのまま丸井くんと口論を始めてしまった。口論、とはいっても、丸井くんの一方的なもののように見えるけど。そんな2人を見ていると、次に十時さんが教室から出てきた。呆れ顔の十時さんは、この風景を見慣れているらしい。すっと間に入って、2人を止めてしまった。

「教室の入り口で何やってんの。七摘さんも困ってるでしょ?」

十時さんの言葉にはっとしたのか、2人は同時に私の方を向いた。なんとなく気恥ずかしい。

「七摘さん、帰るとこだったでしょ? ごめんね」
「ううん、大丈夫だよ、ありがとう。それに、私これから丸井くんの課題手伝うから」
「課題? ……丸井、アンタ七摘さんに何やらせてんの?」
「別にやらせたんじゃねーよぃ! 七摘が手伝うっつってくれてんの!」
「……本当に?」
「うん。特に用事もないし」

訝しげに丸井くんを見る十時さんがおずおずと私に尋ねた。それに頷くと、今度はうーんと考えて一言。

「アタシも手伝う」
「はぁ!? いらねーよお前数学出来ねーじゃん!」
「うっさい! 丸井よりは出来るし!」
「どっちもどっちじゃな」
「仁王は黙ってろぃ!」
「普通に考えてアタシのが上でしょ!?」
「はぁ!? ばっかじゃねーの? 天才的な俺に勝てるわけねーだろぃ!」

2人を止めた十時さんが、今度は丸井くんと言い争い始めるとは、これいかに。結構、ヒートアップしちゃってるしなぁ。どうしようかと考えていると、仁王くんと目が合った。2人を指差して、妖しく笑う。私が仲裁してもいい、ってことだよ、ね?うん、きっとそうだよね。私は意を決して口を開く。

「あの、み、皆でやったらどう、かな?」
「皆で……」

私がそう言った途端、2人はぴたりと言い合うのをやめた。お互いに顔を見合せて、ゆっくりと頷く。良かった、納得してもらえたみたい。ほっと息を吐く。教室に入る2人の後に続いて、私も教室へ足を踏み入れる。

「七摘も、意地悪じゃな」
「ん? なぁに?」
「ブンちゃんは、七摘と2人きりでやりたかったかもしれんよ?」
「そうかな? 皆でやった方が、楽しいと思うな」
「……性格悪いのぅ」
「そんなことないよ」
「四倉でも、同じこと言える?」
「四倉先生? 先生となら尚更、皆でやった方が良いと思うな」

ニヒルに笑う仁王くんに微笑み、小声で彼に囁く。いっぱい意地悪されたんだもの、ちょっとくらいやり返したって構わないでしょう?

「貴方も、いい加減素直にならないと、十時さんいなくなっちゃうよ?」

驚いて目を見開く彼に、私はもう一度微笑んで、丸井くんと十時さんの所へ椅子を引っ張って行った。また口論を始めていた2人を宥めて、数学の課題に向き合う。十時さんが、立ち尽くしたままの仁王くんに声をかけた。彼の自嘲的な笑みと声は、確かに私の鼓膜を揺らしていった。雨は、止まない。

「―ほんに、性格悪いのぅ」


硬質のレース
(甘くも優しくも、ましてや可愛くもない醜い子)




 



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