どうやら、この学校には球技大会というものがあるらしい。わたしが以前通っていた中学は田舎だったし全校生徒も少なかった。だからだろうか、そんな洒落たものはなかった。球技もドッジボールばっかりやってたなぁ。懐かしい。ふとグラウンドを見ると、3年生の先輩たちがバレーボールに勤しんでいた。あの人たちは、球技大会、バレーボールをするのかな。

「椿ちゃん、体育だよ!」
「へ……あ、うん……! 今、行きますっ」

教室の入り口でそう叫ぶまなちゃんとその隣に立っている理奈ちゃんのもとへ机の横にかかっている体操服を取って駆け寄る。途中、切原くんと視線がかち合った。ばちん、冷たい目。とても怖くて、わたしはすぐに視線を外し、2人の所へ逃げていく。

「球技大会の練習だって! がんばろーね、卓球!」
「まな張り切ってるね」
「イベントは楽しむものだからねっ!」
「それもそうか。香山さん、頑張ろうね」
「う、うん。卓球、やったことないけど……」
「え、そうなの!?」
「じゃあ、他の種目の方がよかったかな」
「うああ……ごめんね椿ちゃん、あたしがじゃんけんに勝ってしまったばっかりに……!」
「そ、そんなことない、よ!」

落ち込む2人に慌てて声をかける。卓球やったことないとか、何言ってるのわたし。最低だ。初めての球技大会で友達も少なくて心細いわたしを気遣ってくれた2人なのに。なんて、おこがましい。

「誘ってくれて、嬉しかった、よ。ありがとう!」
「……うん! がんばろーね、椿ちゃん!」
「は、はいっ」
「あれ、香山さん、体育館シューズは?」
「……あれ?」

わたしの右手には体操服。左手はすかすかと空気を掴むだけ。

「……と、とってきます! 先に行ってて……!」
「場所とっておくねー!」

廊下を走って階段を駆け上がって教室を目指す。うう、わたしのばか。また迷惑かけて。教室の前に辿り着いたところで気付いた。もしかして、今、男の子が着替えて、る?いや、もしかしなくてもそうだ。え、どうするの、これ……。

「体育、遅刻するしかないかなぁ……」
「あれ、香山さん?」

廊下にぽつんと立っていると、後ろからいつか聞いた声がした。優しい、穏やかな声。振り返ると、そこには水祈さんの姿があった。

「水祈、さん」
「覚えていてくれたの? ふふ、嬉しいな」

ふわりと綺麗に笑ってから、どうしたのと優しく尋ねてくれた。本当に、この人は優しい人。怖いくらい、優しい人。

「その、シューズを……」
「教室に忘れちゃったの? 私もよくやっちゃうの」
「はい……」
「どうしたらいいかな……あ、赤也」
「水祈さん! と、香山……」

教室から出てきたのは、体操服に着替えた切原くんだった。水祈さんに会えたのが嬉しいみたいだけど、わたしを見てすぐに顔を顰めた。非常に、申し訳ない。

「ちょうど良かった。赤也、香山さんのシューズを取ってあげてほしいの」
「……はい?」
「香山さん、教室にシューズ忘れちゃったんだって。だから、ね?」
「はぁ……」
「あ、ああああの、切原くん。お手を煩わせて、非常に申し訳ないんだけど。その、お願いします!」

がばっと頭を下げて、切原くんにお願いする。呆れたような溜め息が聞こえた。やっぱり、だめ、かな。わたし、あんまり、切原くんに良く思われてない、みたいだし……。

「どこ」
「……え」
「シューズ、どこにあんの」
「ろ、ロッカーに」
「何番」
「にじゅう、さん……」

それだけ答えると、切原くんはふぅんと言って教室に入っていった。隣では水祈さんがくすくすと笑っている。な、なにがなんだか……。ぽかーんと立っていると、切原くんが戻ってきた。わたしの、シューズを、持っていた。

「ほらよ」
「……あ、ありがとう!」
「よかったね、香山さん」
「はい……あ、まなちゃんたちが待ってる、ので」
「うん、行っておいで。またね」
「はい……!」

ぱたぱたと廊下を駆けていくと、廊下は走っちゃだめだよ、と水祈さんに注意されてしまった。ご、ごめんなさい!早歩き、早歩き……。更衣室に入ると、入り口のすぐ近くにあるロッカーに2人の姿があった。

「椿ちゃん! 早かったね、教室入れた?」
「う、ううん……その、切原くんが取ってくれたの、シューズ」
「切原が? よかったね、香山さん」
「切原くん、優しいよね! ちょっと、怖いけど」
「……うん」

にこっとまなちゃんが笑う。うん、切原くんは、優しくて良い人。ちょっと、怖いけど。仲良く、なれるかな。なりたいな。

「椿ちゃん、はやくはやく!」
「わっ! ま、待って……!」

急いで体操服に着替えて2人の跡を追う。ちょっと前までのわたしなら、こんなこと、想像もつかなかったろうなぁ。わたし、変われるかな。がんばれるかな。

「椿ちゃーん!」

わたしの分のラケットをぶんぶんと振りながら、まなちゃんがわたしを呼ぶ。がんばれるよ、がんばろうよ。こんなに素敵な毎日が待っているならば。世界はきらきらと輝きだした。わたしは、笑って駆け出した。


冷たい頬が溶けるとき
(こんな楽しい日々に笑うのは素敵なことだね)




 



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