「えーっと、確か、そう、恋さんだよ。十時恋さん」

音楽の授業も終わり、さっきの人と知り合いらしいりっちゃんに尋ねてみると、りっちゃんは暫く考え込んだのちにそう答えた。それに反応したのは、あたしではなく、あたしの隣を歩いていた椿ちゃんだった。

「え、恋さん……?」
「椿ちゃん知ってるの?」
「う、うん。昨日、保健室で会って」
「へぇ。変わった偶然もあるものね」

驚いた、と言ってりっちゃんは教室に足を踏み入れる。あたし、椿ちゃんとその後に続き、それぞれの席に戻り、あたしは鞄からお弁当を取り出した。12時を回ってお腹はもうぺこぺこだ。お弁当の入った包みを持った椿ちゃんもこちらにやって来たので、机をくっつけようとした、けれど。背中に重みを感じる。椿ちゃんは驚いたようで、大きな目をぱちぱちと瞬かせていた。

「ゆーくん、重いですよー」
「まなさん、お腹すきました」
「うん、ごはん食べよ?」
「俺の飯は……ない!」
「え……購買、とか、学食は……?」
「いい提案だ椿くん。しかし、俺は財布を持っていない」
「……それは、残念、だね」
「ええ、本当にね。さっさとまなから退きなさいよクソボケが」
「痛い痛い痛い! すんませんっした理奈さま!」

ぎちぎちとゆーくんの髪の毛を引っ張ってくれたりっちゃんのおかげで、あたしはやっと重みから解放された。軽い、超軽い。ありがと、りっちゃん!

「あれ、りっちゃんお弁当は?」
「ごめん、今日購買なの。先食べてていいよ」
「! 片平、俺の飯……!」
「黙れよこのスットコドッコイが」
「……片平、今日も絶好調だな」
「どっかの誰かさんのおかげでね。ほら、行くよ」

ずるずるとゆーくんの首根っこを引っ掴んで、りっちゃんは購買へ向かった。りっちゃんは優しいけど、ちょっぴり優しさが痛いよね。そんなりっちゃんがあたしは大好きだけど。椿ちゃんと顔を見合わせて笑う。机をくっつけて適当な椅子に座り、お弁当を広げた。すると、あたしの向かい側の席にどかりと誰かが座った。あれ、りっちゃんたちまだだよね?

「切原くん! 今日はテニス部無いの?」
「テスト期間入ったからな。佑介と片平は?」
「購買行ったよ!」
「マジで? うわ、タイミングわりー」

何か買ってきて貰おうと思ったのに、と不満げに口を尖らせて、切原くんは大きめのお弁当箱を開けた。椿ちゃんは切原くんが苦手なのか体を強張らせている。はた、と切原くんと椿ちゃんの視線がかち合った。びくっと椿ちゃんの体が跳ねる。

「なに、アンタ一緒に食うの」
「へ、は、はいっ」
「あっそ」
「はい……」

……え、なにこの険悪なムード。椿ちゃんも椿ちゃんだけど、切原くんも切原くんだよなぁ。でも、あたしが間に入ってどうこうするのは違う気がする。これは2人の問題だし。うん。我関せずを決め込んだあたしは、いただきますと手を合わせてお弁当に手を伸ばした。椿ちゃんもはっとしてお弁当をつつき始める。もそもそとお弁当を食べ進めていると、ぎゃいぎゃいと主にゆーくんが騒ぎながら2人が戻ってきた。

「パン耳って……パン耳ってどういうことなんだ!」
「日頃の行いのせいじゃない? 大丈夫、栄養価満点だよ」
「炭水化物!」
「あ、おかえりっ!」
「ただいま。まな、アップルパイ買ってきたけど」
「ほんとにっ!? ひとくち食べたい!」
「いいよ。香山さんもよかったらどうぞ」
「え、あ、ありがとう……!」
「片平、俺には!?」
「パン耳」
「何故ぇぇええ!」

ひとり騒がしいゆーくんは放置の方向らしく、りっちゃんは焼きそばパンにかじりついた。ゆーくんは切原くんに泣き付いているけど、それさえも軽くあしらわれている。……どんまい!後できっとりっちゃんがコロッケパンを差し出してくれるよ。たぶんだけど。

「佑介うぜぇ」
「赤也ひでぇ」
「さっさと食べたら?」
「パン耳ー……」
「経済的、だよね。ケチャップ、いる?」
「香山の優しさが身に染みる!」
「香山さん、こんな奴放っておけばいいんだよ」
「悪魔か! 片平は悪魔か!」

わいわいと楽しいお昼休み。だけど、一点の殺伐とした雰囲気は残ったまま。あたしは何もしない。どうにかしてあげたい気持ちも、どうにかしたい気持ちももちろんある。でも、これは2人の問題だから。あたしは、何も、しない。だから頑張ってと心中で声援を送り、あたしは賑やかな雰囲気に呑まれて、何も気付かないフリをして笑った。


冷たい水が膜を張る
(息苦しさはキミを守るための盾)




 



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