「香山さん、今から暇だったりしない?」
「今、から……ええと、たぶん平気、かな」
「お花は好き?」
「う、うん」
「じゃあ」

お花の水遣り手伝ってくれる?そう尋ねると、香山さんは大きな目をぱちぱちとさせてから、こくんと頷いた。生物委員会、生物部所属のあたしは、生き物はもちろんのことながら、それ以上に植物全般が大好きだ。学校内にある花壇のほとんどはあたしが欠かさず手入れしているし、こっそり自分専用の花壇なんかもあったりして。大変じゃないの、とよく聞かれるけれど、そんなことはこれっぽっちも思ったことがない。それだけあたしは植物を愛してるのだ。

「結構時間かかっちゃうかも。平気?」
「だ、大丈夫!」

慌てて答える彼女に、じゃあ行こっかと笑えば、くすぐったそうな表情をした。他愛ない話をしながら、屋上庭園へ、中庭へ、裏庭へ、校門前へ。いつもなら1人でやる作業に彼女を誘ったのは、もちろん仲良くなるためだ。人見知りみたいだけど、それってあたしに慣れてくれたらもっと仲良くなれるってことだもんね。流行の曲を口ずさめば、香山さんは、上手だねと言って微笑んでくれた。

「栗原!」
「あ、切原くん」

テニスコートの前を通りかかると切原くんが駆け寄ってきた。香山さんはビックリしてしまったようで、あたしより2,3歩ほど後ろのところで体を緊張で強張らせながら立っている。

「香山さん、紹介するね! あたしの隣の席の切原くんだよっ!」
「香山……? あぁ、転校生の」
「そうそう」

ふぅん、と興味なさげに言葉を零した切原くんは、よろしくとフェンス越しに言った。香山さんは切原くんのその行動に怯えてしまったようで、消えてしまいそうなくらい小さな声で、よろしくお願いしますと頭を下げた。人懐っこい彼がこんな態度をとるのは珍しいと思ったけれど、そういえば彼はこういったタイプの人間をあまり好まないということは聞き覚えがある話だった。失敗したなぁ、とは思ったけれど、互いに慣れてないだけだよねと自分に言い聞かせて、2人に変な気を使わないようにしようと心に誓った。

「栗原、委員会?」
「ううん、いつも通りに花壇のお世話。水祈せんぱいは居ないよ、ざーんねーんでーした!」

にこっと笑ってそう教えてあげると、切原くんはちぇっと心底残念そうに口を尖らせた。ほんとうに水祈せんぱいが好きなんだなぁ。まぁ、せんぱいは綺麗だし優しいし、もしあたしが男の子に生まれてたら、多分水祈せんぱいを好きになってたと思う。幸か不幸かあたしは女の子に生まれてきたから、そういったことは無いけれど。

「それで赤也、いつまで無駄口を叩いているつもりだ? 既に2分48秒が経過したが」
「げっ! 柳先輩!」
「げ、とは心外だな。……ん? 椿?」
「あ、蓮二くん」

蓮二くん?あたしと切原くんは同時に顔を見合わせ、そして2人の顔を交互に見る。親しげな雰囲気。柳蓮二せんぱいといえば、全国大会二連覇という偉業を成し遂げた男子テニス部のレギュラー。しかも、部長や副部長と並んで三強なんて呼ばれているすごい人だ。確か、生徒会にも入ってて……失礼だけれど、そんなすごい人と香山さんに何の関係性があるのか全く検討がつかない。そんなあたしの様子に気付いた香山さんは、あの、と先ほどよりもしっかりとした口調であたしたちに呼び掛けた。

「イトコ、なの。その、わたしと、蓮二くん」
「「イトコ!?」」

声を揃えて叫んだあたしと切原くんに、香山さんは困ったように笑い、柳せんぱいは可笑しそうに笑った。世の中、どんな繋がりがあるか分かったもんじゃない。世間は意外と狭い。それが今日学んだ1番のことだった。

「椿の友人か?」
「え、えっと……」
「はい! そうです!」

柳せんぱいの質問に笑顔で答えたと同時に、香山さんはきょとんとしてこちらを見つめた。あれ、もう友達だと思ってたんだけど違った?そう尋ねると、香山さんは慌てて首を横に振った。そんなあたし達を見て、柳せんぱいは優しく微笑み、香山さんに良かったなと声をかけた。香山さんはそれに頷き、恥ずかしそうに微笑んだ。あ、似てる、とその笑い方を見て不意に思った。

「なに、アンタいつの間に友達になったわけ」
「いつだろ? なに切原くんやきもち?」
「ちげーよ馬鹿!」
「赤也、そろそろ戻った方がよさそうだ。弦一郎に見つかると面倒だからな」
「そーっスね!」

そう言って2人はコートに戻っていった。柳せんぱいは去り際に、椿と仲良くしてやってくれとあたしに告げた。残されたあたしたちは顔を見合わせ、教室に戻ろっかとあたしが言うと、香山さんはうんと頷く。気付けば時計は5時を指し示していた。けれども高い空は、まだ太陽を携えて青い色彩を創りだしている。

「ね、椿ちゃんって呼んでもいい? あたしのことはまなって呼んで!」
「まな、ちゃん」
「うん!」

よろしく椿ちゃん!笑ってそう言うと、椿ちゃんもふわりと笑って、よろしくねと言った。うん、やっぱり、椿ちゃんにはその笑顔が似合うなぁ。今日、香山椿ちゃんという新しい友達が出来ました。そして、世界が広がった、それはとても素敵で幸せなことなんですよと声を大にして誰かに伝えたい。それくらい、あたしは嬉しくて、幸せなんだということが、椿ちゃんにも伝わればいいのになぁとあたしはその幸せを噛みしめながら笑うのだった。


くちびる寄せては歌う唄
(あったかい気持ちは誰かを幸せにしてくれるんだって)




 



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