彼女が去ってしまった保健室から、ぼんやりと窓の外の景色を眺める。十時恋さん、かぁ。綺麗で、優しくて、素敵な人。わたしなんかにも話しかけてくれる、とても優しいひと。また会えるといいな。それから暫くぼーっとしていると、チャイムが鳴った。……授業!さ、さぼりになったりしない、よね?蓮二くんが連絡してくれてるはずだし……でも、1時間目から4時間目まで熟睡っていうのは、どうなの……。ずーん、一気に気分が沈む。あああもう、ばか、わたし。

「……教室、戻ろ」

はぁ、と溜め息をひとつ零す。そうして、また幸せがひとつ逃げる。悪循環。椅子から立ち上がったその時、ばたばたと誰かが駆けてくるような足音が聞こえた。次の瞬間、ガラガラッとすごい勢いでドアが開けられる。そこにいたのは、あの女の子だった。

「香山さーんっ!」
「はい……!?」

名前を呼ばれたかと思えば、急にぎゅっと抱き締められた。なにがなんだかよく分からない。ていうか、この子もわたしの名前を知っているのは何でだろう。やっぱり、わたしの悪評が知れ渡っているんだろうか。そんなことを考えているうちに、女の子はわたしを抱き締めるのをやめて、それでも尚わたしに近いところに立っていた。

「元気になった?」
「は、い。たぶん大丈夫、です」
「そっかぁ! あ、敬語やめてよ、同じクラスじゃん!」

同じクラス……あ、だから名前知ってたんだ、なるほど。わたしは、貴方の名前を知らないけれど。それがなんだかとても申し訳ない。聞かなきゃ、名前を。でも、それって失礼なことなんじゃ……。

「あたし、栗原まなっていうの!」

仲良くしてね、とお花が咲いたように栗原さんは笑った。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちに心を支配されて、なんだかよくわからない感覚に陥る。はじめてのことは、こわい。なんだか気持ち悪い。それでもなんとか笑顔をつくり、こくりと頷いた。

「ごはん食べれそう?」
「食べれる、と思う」
「じゃあさ、一緒にごはん食べようよ!」

一緒に、ごはん。ぱちぱちと瞬きを繰り返すわたしを栗原さんは不思議そうに見つめている。わたし、誰かにごはん誘われたの、はじめて。家族以外の人と一緒に、ごはん食べるの、はじめて。驚きのあまり何も言えずにいたわたしに、栗原さんは「もしかしてもう誰かと食べる約束してた?」と心配そうに尋ねた。我に返ったわたしは、そんなことないよと言う風にぶんぶんと首を横に振る。

「ほんとっ?」
「う、うん」
「やったぁ! じゃあ、教室戻ってごはん食べよ!」

にこっと笑ってわたしの手を引く栗原さんに連れられ、わたしはやっと教室に戻ることが出来た。教室に足を踏み入れると、わたしに気付いた子たちはみんな揃って、大丈夫?と声をかけてくれた。それにこくりと頷くと、これまたみんな揃って安心したように笑うのだ。それはとても嬉しくてくすぐったい感覚だけれども、それがすべて作られたもの、演技なのかもしれないと思うと、怖くてたまらなかった。わたしはお弁当箱を掴んで栗原さんの方へ向かう。おまたせ!と彼女が笑った先には、ひとりの女の子と、男の子。え、と固まるわたしにいち早く気付いた女の子は、ふわりと綺麗に微笑んだ。

「香山さんだよね? はじめまして」
「は、はじめまして」
「私は片平理奈っていうの。よろしくね」

よろしくお願いします、と頭を下げると、片平さんは可笑しそうに笑ってから、自分の隣の席を勧めてくれた。ゆっくりと腰を下ろすと、ちょうど向かいに座っていた男の子と目が合った。男の子はにっと笑う。

「俺は岡田佑介! 特別に佑介様と呼ばせてやる!」
「え……?」
「これはただの馬鹿だから無視していいよ香山さん」
「ひでぇ!」

俺のプリッツとっておいて何という言い草だ!と憤慨する岡田くんを無視して、片平さんはお弁当を広げはじめた。栗原さんも、おなかすいちゃったと笑いながらお弁当箱を開けた。わたしもそれにならってお弁当を取り出す。岡田くんはコンビニで買ったと思われるパンを取り出してかじりついていた。

「あれ、切原くんは?」
「毎度恒例のテニス部だって。ちょっと岡田、パン屑こぼさないでよ」
「そっかー、残念。あ、切原くんはあたしの隣の席の男の子でね、テニス部の子なんだ!」

今度紹介するね!という栗原さんの言葉に頷くと、彼女は満足そうに笑ってからお弁当のおかずを口に放った。賑やかな教室。まだ馴染んでいるとは言えないし、これから先もこの輪に溶け込める自信は、無い。

(でも、楽しいなぁ)

その日のお弁当は、いつもと同じはずなのに、なんだかとっても美味しかった。


羽の名残りは隠せない
(しあわせって、こういうことなのかな)




 



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -