「きゃっ!?」
「あっ! すみません、大丈夫ですかっ?」

次の授業で使う大きな世界地図の入った箱を抱える。その箱がすれ違う人にぶつかってしまったようで、あたしは慌ててその人に駆け寄る。日直として一緒に仕事をしていた切原くんが呆れたように溜め息を吐いたのが聞こえた。

「うん、大丈夫。アタシもよそ見してたし、気にしないで」
「ほんとにすみませんでした!」

箱があるからあまり丁寧ではないながらもお辞儀をすると、彼女(多分先輩だと思う)は頑張ってね、と手を振って去っていった。黙っていた切原くんが、何してんのアンタと文句を零す。それに、ごめんねと謝れば、別にいーけどなんて言ってすたすたと歩きだした。あたしは小走りでその隣に並んで、それにしても、と口を開く。

「今のひと、綺麗だったねー!」
「そうかぁ?」
「ええっ綺麗だよ! 切原くん目が肥えてる!」

あたしが抗議の声をあげると、切原くんはうっせーと言って本を抱え直した。資料集だとか参考文献だとかで分厚いものばかりの本を4冊ほど、平然として運んでる辺りはさすが男の子だなぁ、と感心する。あたしが持っている地図が入った段ボールは、かさはあるけど別段重みはない。あたしが箱を抱え直したところで口を開いたのは切原くんの方だった。

「あの人、うちのマネージャーの友達だし」
「え、そうなの?」
「顔見たことある。名前知んねーけど」

そうなんだ、と頷いたところで切原くんは教室の扉に手を掛けた。ガラガラと音を立てて扉は開き、みんなの喋り声が色んな音を奏でてあたしの鼓膜を揺らす。教卓にあたしが持っていたダンボール、それから切原くんの持っていた教材を置いて席に戻る。りっちゃんがお疲れと声をかけてくれたので、あたしはそれに笑って返した。

「日直も大変だなー。俺、昨日でよかったぜ」
「あ、ゆーくんプリッツ食べてる! いいなー!」
「へへーん羨ましかろう! ふははは!」

りっちゃんの隣の席、あたしの斜め前の席に座っているのは、ゆーくんこと岡田佑介くんだ。トマト味のプリッツを見せびらかしてくるのは意地悪いことこの上ない。未だよく分からない高笑いを続けているゆーくんの後頭部をりっちゃんがチョップした。グッジョブ!

「はい、まな。切原も食べる?」
「ありがとりっちゃん!」
「お、サンキュー!」
「いやいやお前らそれ俺のだから!」

返せよ俺のプリッツ!と叫んでいるゆーくんは放っておいて、あたしはひとつ気になっていることがあった。きょろきょろと教室を見回しても見つからない姿。朝に見かけたきり、授業に出ている姿は見ていない。うーん、と首をかしげていると、ちょうどプリッツを食べ終えたらしいりっちゃんが、どうしたのと尋ねてきた。

「んん、香山さんいないなーって」
「香山さん? 保健室行ってるって連絡が……ちょっと、まな寝てたわね?」
「……そ、そんなことないよー?」
「おお、すげえ冷や汗」

にこりと笑うりっちゃんがとても怖い。英語の時間に寝てたなんてこと知られちゃまずい!とは思うものの、多分もう手遅れだ。隣の切原くんがご愁傷さまと言わんばかりの表情でこちらを生温かい目で見ている。ゆーくんだけはまだプリッツが!と打ちひしがれていたけど。

「もう、アンタって子は……」
「いたっ!」

おでこの辺りを裏拳でごんっと叩かれた。じんじんとした痛みに耐えていると、ふぅ、と溜め息が零れたのが聞こえた。顔を上げると、りっちゃんが呆れたような、でもとても優しい目であたしを見ていた。あたし、知ってるんだよ。りっちゃんがあたしを怒るのは、あたしを心配してくれてるからなんだって。りっちゃんが優しいことなんて、あたしが一番知ってるの。

「……ごめん」
「授業、分からなくなったら困るでしょ」
「うん」

ごめんね、ありがとう。そう伝えると、りっちゃんは優しく微笑んだ。相変わらず仲良いねぇ、なんてからかうように言ったのはゆーくんで、勿論りっちゃんに返り討ちにされた。懲りないよね、ゆーくんも。切原くんはそれを可笑しそうに笑っていた。

「……大丈夫かなぁ、香山さん」
「もう次の授業が終わったら昼休みだしなぁ」
「どんだけ体調悪いんだよ香山……」
「まな、お昼休み保健室行ってきたら?」
「へ?」
「気になるんでしょ、香山さんのこと」

見透かされていた。りっちゃんは勝ち誇ったように笑っている。時計を見る。次の授業まであと1分しかないけれど、彼女は現れる気配さえない。

「うん、行ってみる!」

あたしがそう答えると、みんな満足そうに笑った。そうだね、ただ待ってるだけじゃダメだもの。チャイムが4限の始まりを知らせたけれど、あたしはもう早々とこの授業の終わりを告げるチャイムを待ち望んでいた。


オーロラソーダ
(きらきら輝く素敵な日々に乾杯!)




 



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