「あ、古文の教科書忘れた」
「本当に? あの先生に怒られると面倒だから借りてきた方がいいよ」
「え、そうなの? じゃ、じゃあ急いで借りてくる!」

お昼休みも終わる頃、次の授業の用意をしようとしたところで教科書がないことに気づく。ぽつりと漏らした言葉に応えてくれたのは後ろの席の滝くんだった。滝くんのアドバイスに素直に従って、私は教室を出る。とりあえず、A組に行ってありすちゃんに聞いてみよう。教室のドアを控えめに開けて中を見渡すと窓際の一番後ろの席で女の子と喋っているありすちゃんを見つけた。少し中に入ったところで、ありすちゃんはこちらに気づき駆け寄ってくる。

「どうしたの桜?」
「ありすちゃん、古文の教科書もってない?」
「今日は漢文だったからないなー……ごめんね」
「そっか。理紗子ちゃんのところ行ってみる。ありがとね」
「いえいえー」

A組を出て駆け足でC組へ向かう。意外と教室をひとつはさむと遠く感じるものだなぁと実感した。先程と同じように控えめにドアを開けて理紗子ちゃんの姿を探す。理紗子ちゃんは窓際から2番目の一番前の席に座っていて、あっという間に発見することができた。

「理紗子ちゃんっ」
「えっ……あ、桜ちゃん。どうしたの?」
「古文の教科書持ってたりとかしない?」
「古文……あ、あるよ。貸す?」
「うん、貸してほしいなーなんて」
「はい。あ、うちのクラス6時限目だから、それまでに返してほしいな」

うん、と頷くと理紗子ちゃんの隣の席に座っていた女の子が「今日は理紗子にお客さんがいっぱいだね」と笑った。その発言に理紗子ちゃんはそうだねと笑い返していて、なんだかちょっと疎外感。そろそろ教室に戻ろうかと考えていると、ばたばたと急ぐような足音が聞こえてきた。音のした方を見てみると、そこにいたのは祐美ちゃんと知らない女の子。祐美ちゃんの友達なのかな?

「……っ! ジロくん久しぶりーっ!」

祐美ちゃんの友達であろう女の子が、窓際の一番前の席で机に突っ伏して寝ている男の子に抱きついた。ええええ何事!?突然の事態に私も理紗子ちゃんも、そして祐美ちゃんもビックリしてそちらを見る。その光景を理紗子ちゃんの隣の席に座っている女の子とその後ろの席に座っている男の子は呆れた様子で見ていた。

「柚菜ージローが窒息しちゃうよー」
「ええええ! やだやだごめんねジロくん!」
「……えと、祐美ちゃん、これは一体?」
「え、知らないよ。知り合って1日程度でそんなに柚菜ちゃんのこと分からないし」

それはそうだ。納得して、柚菜ちゃん?の行動にけたけたと笑っている女の子の方を見る。その子は私の視線に気づいて、いつもああなんだよと笑って答えた。いつもああなんだ……というのは私の感想。理紗子ちゃんも祐美ちゃんも苦笑いだ。

「理紗子の友達だよねっ? うち笹山ひかり! ひかって呼んでくれーい!」
「あ、妹尾桜です。桜でいいよ」
「江藤祐美。よろしく」

私たちが自己紹介を済ましたところで、ひかちゃんが「あの子は鬼頭柚菜。そこの席で寝てる芥川ジローの幼馴染だよ」と説明をしてくれた。柚菜ちゃんはこちらには目もくれずジローくんに構いっぱなしだ。しかして、ジローくんは一向に起きる気配を見せない。ここまで起きない人間っているんだなぁなんてある意味感心する。私ならあんなに眠れない。

「あ、ついでにこの長髪野郎は宍戸亮だよ!」
「長髪野郎ってなんだよオイ」
「ジローのお世話係ともいう」
「だからっ! ちげーっつってんだろ!」
「……なんていうか、お疲れ様です?」
「何故に疑問系」

私が祐美ちゃんにつっこまれて、宍戸くんが笑う。なんていうか、宍戸くんってモテそうだなぁ。普通に、カッコイイと思う。その時、予鈴が鳴る。もうそんな時間なんだ。本鈴が鳴るまであと5分しかない。

「ほら、柚菜ちゃん戻ろう。ジローくんの紹介は今度でいいから」
「うん……じゃあ、ばいばい」

がっくりとうなだれて帰る柚菜ちゃんは見てるこっちが気の毒に思えて仕方ないほどだった。祐美ちゃんは柚菜ちゃんの手を引いて教室を出ていく。私もそろそろ戻ろう。理紗子ちゃんに教科書ありがとうとお礼を述べて立ち去ろうとして思いとどまる。そんな私の行動を不思議に思ったのであろう理紗子ちゃんはどうしたのと声をかけてくる。

「えと、ひかちゃん、宍戸くん。あと、寝てて聞こえないだろうけど、芥川くんも」

名前を呼ばれた3人(うち1人は熟睡中)はそろって私の方を見る。あれ、なんだかこれ少し気恥ずかしい。

「これから、よろしくお願いします」

そう言ってぺこりと頭を下げると、何故だか笑われる。あれ、私、昨日の自己紹介の時もそうじゃなかったっけ?なんでこんなに笑われるんだろ?

「うん、こっちこそよろしくー!」
「よろしくな、妹尾」

そう答えてくれた2人に心がほわほわとあったかくなって、自然と笑顔になる。その直後、本鈴が鳴ってしまい私は慌てて教室に戻るのだった。3人の笑い声と共に。









 
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