ぼくとわたしとあなたの日々

いぬのおもい

「よし、今日は歌唱の指導をやるからしっかりついてこいよ」
「もちろんっす!」
 基絃先輩はデキる男だ。この人は二年でジャックエースを張れるくらいには才能溢れた人であり、その程度は個人賞の常連、なおかつ夏公演には銀賞を獲得したという実績にも表れている。
 ただ、如何せんこの寮の「ジャックエース」に求められる技量のおかげか、はたまた彼らの性格のせいなのか、どうしても稀たちにはそのすごさが伝わりきっていないように思う。やつらはどうにも自覚が足りないし、稽古だなんだと口煩くする先輩に対してあまり良い感情を持っていない……のかもしれない。なんというか、兎にも角にも奴らは言動が女子すぎる。
 けれども基絃先輩は一年からのブーイングもあまり気に留めていないようで――もしかすると家族構成的に慣れているのかもしれないが――きゃあきゃあと響く不満の声をあしらうように稽古に励んでいた。メンタルも非常に鍛えられていると言えよう。
 ……俺は、そんな人からジャックエースを受け継ぐのだ。連綿と続くロードナイトの歴史に恥じることのないよう精進していかなければならないと、基絃先輩の背中を見るといつも思う。俺はこの人に認められたい。この人に、ロードナイトの77期生、ジャックエースの御法川基絃に後継としてきちんと認められたうえで、彼の後を継ぎたいのだ。
 そんな思いを抱きながら彼の後ろにつきまわり、合間を縫っては指導してもらうこの毎日は……俺にとって、非常に充実した時間なのである。

20210408

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