ぼくとわたしとあなたの日々

狂おしくて、どうしても、私は

 私の欲しいものを持っている、あの子のことが苦手だった。
 あの子は、私が地べたを這いずっても決して手に入れられないような、至宝のそれを持っている。その現実が頭の奥をつつくたび、私は足元が音を立てて崩れるような恐怖に苛まれ、すぐに視界がどす黒い色になる。
 似たようなケースにはまふゆがあるけれど、まふゆはまだ方向が掠っていないからなんとかうまくやっていけているのであって――しかし、あの子はあろうことか私と同じ土台に立っている人間なのだ。
 そう、あの子は絵を描くのである。私には到底真似できないような素晴らしい才能でもって、人々の目を奪ってやまない、まばゆい作品を創り続けている。

 ただ、私があの子に対しての抱いている感情は「憎い」とは少し違うと思う。べつに私はあの子のことを恨んじゃいないし、人格を否定したり拒絶したりといったつもりは毛頭ない。どちらかというと妬ましいとか、羨ましいとか、そういう、彼女の才能を認めていて、好ましいと思っているくせに納得しきれていないというか、最後の最後に何かが突っかかっているような、ひどく複雑で面倒くさい感情が主だ。
 だって、画才が関わってこなければ私はあの子を後輩として可愛がっていただろうし、愛莉のように「親友」とまではいかずとも、「ひときわ仲の良い後輩」くらいの仲にはなれていたと思うのだ。
 もちろん、今だって仲が悪いわけじゃない。むしろ、「ただの先輩後輩」という枠をゆっくり飛び越して、ひどく親密な――もしくは歪の――関係になってしまっているくらいだ。

 けれど私はひどく汚いから、あの子の言う「絵名の創り出すものが好き」という言葉を今ひとつ信用しきれていない。無口なくせにストレートな物言いのあの子が今さらそんなおべっかを使うなんてありえないと理解っているのに、しかし、私の醜い心はすべてを信じきって受け入れることができないでいる。
 ……保身のために。そう、この弱々しくも情けなくて、砂糖の粒よりちっぽけな自尊心を守るため、あの子の言葉を信じないことを最後の砦として、なんとか体裁を保っている状態だった。

 でも、本当はわかっている。自分があの子を心の底から好いていること。あの子が――みょうじなまえという存在が私にとってとても大きな存在で、知らぬ間に私は彼女に寄りかかるような、縋るような、まるで藁をも掴むような想いで彼女に身を預けていることを、一応は理解しているつもりだ。
 けれど、私はどうにもダメな女だから、すぐにあの子を試そうとする。面倒くさい男のやるような、いわゆる試し行為と言うやつだ。もう既に来るところまで来ているのに、まるで何ともないような素振りで素っ気ないふうを装って、それでも変わらず慕ってくれる、あの子の愛情を浴びている。
 無償でまっすぐな愛は、私のめちゃくちゃで情緒不安定な心を癒やしてくれる反面、その純粋さを前にするたび、穢れきった醜い自分に嫌気が差してしまってたまらなかった。

 ……本当に、面倒くさい女だと思う。いっそ嫌いになれたらよかったのに――なんて、それこそ身勝手で自分本意な思いなのだけれど。
 あの子が悪いやつだったら。あの子が救いようのないバカで、そばにいるのも苦痛なくらいの愚か者であれば。私たちが相容れない存在であればこんなに苦しむことはなかったのに、まるで私たちは生まれたときからこうなることが決まっていたのかと思うくらい、隣にいるのが心地よくて、当たり前で、安らげる。
 その証拠に、私は初めてなまえの心に触れた瞬間、きっとこの子に出会うために生まれてきたのだと錯覚するくらい、激しく胸を打たれてしまったのだから。



×××へのお題は『大嫌い、って言えないの』です。
https://shindanmaker.com/392860
2022/08/25

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