ぼくとわたしとあなたの日々

エスパーってわけじゃないよ

「苗木くんさあ、もしかしてさやかのこと考えてる?」

 出し抜けな言葉に、つい心臓が喉から飛び出そうになった。大げさに肩をゆらしたボクを見て、声の主はくすくすと笑う。

「べつにエスパーってわけじゃないよ? 苗木くんがわかりやすいだけ」
「ええ……? そ、うかな」
「そうだよ。だって――」

 言いながら、彼女はゆるやかな手つきでボクの皿を指差し、眉を下げて笑ったのだ。


 今ボクの対面に座っている彼女は、人呼んで“超高校級のボイストレーナー”と称される“みょうじなまえ”さんだ。穏やかさと眩しさのある舞園さんとは対称的な、快活で弾けるような笑みを浮かべる彼女のことも、もちろん希望ヶ峰学園新入生スレでリサーチ済である。
 かつては彼女自身ものど自慢大会等で活躍していたそうなのだが、中学二年の頃にボイストレーナーの道に目覚め、気づけば影の立役者、縁の下の力持ちとして業界を支えるほどの人物となったらしい。
 彼女の手にかかれば、発声や音域、滑舌に至るまでがたちまちトップクラスの実力まで底上げされるという。リハビリレッスンだって言わずもがな、ストレスで萎縮しきったタレントを見違えるほど回復させたという実績まであるのだと。大物アーティストからも数え切れないほど声をかけられ、今では向こう三年までスケジュールが埋まっているとか――
 その活動の過程で舞園さんと出会い、超高校級のアイドルと超高校級のボイストレーナーとして関わるうちに交流を深め、意気投合し、いつしか親友と呼べるくらいの間柄になったと聞いたのは、この希望ヶ峰学園に閉じ込められてからのことだった。
 とはいえ、たった数日過ごすだけでも二人の仲の良さは簡単に見て取ることができた。舞園さんもみょうじさんもお互いのことをひどく重んじ、多大なる親愛とリスペクトでもって関係を構築している。
 二人の間にはある種の理想的な――いわば“超高校級の友情”とも呼ぶべき信頼関係が存在しているようだと、平凡な高校生であるボクには思えて仕方なかったのだった。


 そんな彼女から舞園さんの名前が出てきたことに、ボクは非常に驚いている。喉の奥からひゅ、と情けない空気が漏れ、わかりやすく動揺してしまったことだろう。
 そんなボクを前にしてもみょうじさんは慌てるふうもなく、淡々と言葉を続けた。

「今日の苗木くんの朝ごはんさあ、さやかが好きだったやつじゃない? この食堂でも度々食べてた気がするんだよね」
「あ――そういえば、確かに」

 完全に無意識だった。よもや舞園さんの好んでいたメニューを自然と手に取ってしまうほど、ボクの頭のなかは舞園さんに占領されているらしい。
 しかし、それは他でもないボク自身が誓ったことだ。彼女のことを引きずっていく。ずっと、ずーっと、これから先何年経っても、この学園を脱出することができたとしても、ボクはずっと彼女の影を引きずりつづけて生きていく。
 シャワールームのドアを見るたび、足を踏み入れて汗を流すたび、ボクの決意は更新される。今となってはあの場所があるからこそボクは今日もそれを揺らがせることなく、彼女のことを胸の奥に置いておけるのかもしれないと思えるほどだ。

「じゃ、今日はわたしもそれ食べよっかなあ。あの子のこと、忘れたくなんかないしね」

 みょうじさんは席を立つ。まるですべてを見透かしたように、ボクと同じメニューを求めて。
 ゆっくりと席から離れていく彼女の背中は、親友を亡くしたという事実以上の哀愁が漂っているように見えて――ボクは食事の手をすすめることもできず、彼女が帰ってくるまでの一部始終を眺めつづけるばかりだった。


先日クリアしました
2022/09/27

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