HoYoverse

怒らせないほうがいい?

 個性的なメンバーが集う星穹列車には、いくつかの「恒例行事」がある。たとえば、初めての寝坊をもちもちのパムに咎められるだとか、姫子のコーヒーで撃沈するだとか、色々。
 そのなかのひとつが「ナマエの血抜きに遭遇する」である。星穹列車において雑務や厨房の管理を任されている彼女は、家庭を持っていた経験もあり、他のメンバーよりも料理の腕に覚えがあるようなのである。普通ならばあまり踏まないような工程など、細かいところまでこだわりつくした絶品の料理――もしくはおふくろの味が、彼女の当番の日には振る舞われるのだ。
 それまであまり食事への関心がなかった丹恒だが、ナマエの作る料理については、人よりも好んでいる節がある。繊細さとおおらかさが共存し、ひとたび噛めば口のなかいっぱいに温かさが溢れてくる。それまでの丹恒にはついぞ馴染みのなかったものが、彼女の料理からはふんだんに得られるのだ。
 ――初めて食べたときは驚いた。ただ口に入れて咀嚼するだけで、何かを解かされているような心地になったのだから。
 そして、今日がそのナマエの当番の日なのだが――案の定、最近星穹列車に乗ったばかりの穹が例の「恒例行事」、もしくは通過儀礼かに見舞われていた。ナタを片手に返り血まみれで鶏を吟味するナマエの姿は、それこそアーカイブで見たスプラッタ映像とそれほど差異がないように思える。
 ……丹恒も同じだったのだ。三月だってそう。真っ赤に染まったエプロンをアクセントにいつもどおりの晴れやかな笑顔を浮かべる彼女を前にして、「ナマエを怒らせるべきではない」と人知れず誓いを立てたのは言うまでもない。
 厨房の扉を開けたまま呆然と立ち尽くす新入りの肩を叩きながら、丹恒はいつもと変わらぬ、落ち着いた声で告げる。

「……彼女のことは怒らせないほうがいい。パムと並んで、ナマエさんは決して怒らせてはいけないタイプの人間だと、俺は思っている」

 もっとも、彼女が怒るような素振りを見せたことなど今まで一度もないのだが――その言葉を告げる前に、好奇心旺盛な新入りは軽やかな足取りで厨房へと踏み込んでいったのだった。


2023/06/08

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