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寒いな、

 彼女は確か、俺たち兄妹とほぼ同時期に施設にやってきていたと思う。年が近いこともあってか話す機会はそれなりに多く、美紀も比較的懐いていた。「お人形のお姉ちゃん」という美紀の声が耳にこびりついているせいで、彼女の本当の名前を思い出せないのが心残りと言ったところか。
 ただ、名前を忘れている代わりによく覚えているものもある。幼心にも印象深かったのは、まるで作り物のように整った彼女の造形だった。美紀が「お人形」と言っていたのは彼女が人形遊びを得意としていたからではなく、持っていた人形たちと並んでも遜色ない程度に彼女が可憐だったからだ。きっと純日本人ではないだろうあの容姿は、施設の先生方も時折見とれるほどの不思議な魅力があった。
 そしてもうひとつ、瞼の裏に焼きつくのは太陽のような笑顔だった。前述した見てくれを曇らせることのない、むしろ更に高める朗らかな様。少女然とした振る舞いを際立たせ、浮き世を忘れさせるのも容易い彼女の笑顔は、どんな闇でも瞬時に払える力があったのだと思う。親を亡くして施設で暮らす、逆境すら跳ね返す活力を、今になって感じる。
 名前も忘れた彼女とは、件の火事で疎遠となってしまった。まだ貰い手の居なかっただろう彼女は、果たして今どこに居るのか。悪い大人に掴まってやいないか、それとも縁に恵まれてあの笑顔を振りまいているのか。気にならないと言えば嘘であるが、それを確かめる術などまだ学生の自分は持ち合わせてなどいないのだ。
 ただ、彼女に会えるなら。灰となって焼けてしまった過去のことを、少し話がしてみたい。今や誰とも共有できやしないあの頃のことを、きっと、誰かに覚えていてほしかった。無二の妹と親友のことを、「懐かしい」と笑んでほしい。
 柄にもなく気分が沈むのは、少しずつ露わになる冬の気配と侘しさを感じ取ってしまっているせいなのだろうと、自分に言い聞かせたかった。
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