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明日は我が身

ストーリーの重大なネタバレがあります。アプリをプレイ中、またはプレイ予定のある方はクリア後にご覧ください。

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「ツキノくん、なんか大変だったみたいだね」
 わたしがそう訊ねると、ツキノくんは端正な顔立ちをそのままに、爽やかな顔をして笑った。今は大学の講義中なので、2人とも声を潜めて話す。
「いや、大変なのはハイダとソラだよ。まさかあんな目にあってたなんて、正直思い出すだけでもゾッとするし、情けない」
 肩をすくめるツキノくんは、どこか遠い目でホワイトボードを見つめている。ハイダくんとは彼の親友で、ソラちゃんはその彼女さんだ。
 3人が仲良しなことはわたしもよく知っていて、ツキノくんに片想いを続けていたわたしはソラちゃんに対して少しばかり複雑な感情を抱いていた。美男美女だと噂する声は少なくなくて、そのたびにわたしは胸を裂かれるような痛みに襲われたものだ。
 もっとも、ハイダくんとソラちゃんが付き合い始めたらしい話を耳にしたときには、ガッツポーズどころかベッドから飛び降りそうなくらいに喜んでしまったうえ、その日からソラちゃんへの態度をまるっと変えてしまったのだけれど。我ながらひどく現金で醜い女だな、と思う。変わらず優しくしてくれるソラちゃんの真っ直ぐなところもまた、わたしの罪悪感を増長させた。
 そして、その3人や一応このわたしも所属している演劇サークルにおいて、この間から少し変わった事件が起こり続けていた。犯人は仲間内であれど、ハイダくん――もとい、ハイダくんに成りすました偽ハイダくん――が何度も何度も監禁されていたのだという。時には会社の会議室に、時には部屋に増設された牢屋に。とんでもない目にあったよ、と笑っていたハイダくんは、ひどくやつれた顔をしていた。
 わたしは後でみんなから話を聞いただけなのだけれど、偽ハイダくんはもちろん、本物のハイダくんだってとんでもない目にあっていた、と思う。偽ハイダくんは元々ソラちゃんのストーカーで、ハイダくんを背後から襲い昏倒させたあと監禁。そして、整形してハイダくんに成りすまし、ソラちゃんに近づこうとした。
 顔を変えてまで標的に執着するなんて、ストーカーとは恐ろしい。その常軌を逸した思考回路と行動力は一体どこから来るのだろう? わたしはソラちゃんほど美人なわけじゃないし問題ないとは思うけれど、どちらかと言うとストーカーがつきそうなのはツキノくんのほうだ。格好良くて、爽やかで、控えめで、頭の回転も速い。こうして隣に座らせてもらえている今が信じられないくらいの人である。
 ――明日は我が身かもしれない。そう思うと、背筋がぞわりと粟立った。
「なまえさあ、今『自分にもストーカーがついたらどうしよう……』とか考えてない?」
「えっ!?」
「顔にそう書いてある」
 机に置いたシャーペンを握り直しながら、ツキノくんは悪戯に笑ってそう言った。お前の考えてることくらいお見通しだっつの、そう付け加えられて思わず頬を膨らませる。
「……どちらかというと、ツキノくんにストーカーがついたらどうしよって考えてた」
「え、俺かよ」
「だってツキノくん格好良いじゃん! ていうか今もいるんじゃない? たとえば、すっごく身近なところに――」
「やめろ。今はそういうの洒落になんねえ」
 わたしの頬にシャーペンの背を突き刺しながら、ツキノくんはどこか強張った顔で言う。
 無理もない。だって、ツキノくんはその現場を見てきたんだもんね。ハイダくんの偽者の正体を、ソラちゃんと一緒に見破ったんだもんね。犯人が顔を覆っていた血まみれの包帯を、その狂気の断片を、一週間も監禁されて弱りきった親友の姿を、確かにその目で見たんだもん。
 病院のベッドのうえ、力なく笑うやつれたハイダくんを見てたときのツキノくんの背中、わたし、今でもしっかり覚えてるよ。
「大丈夫。わたしはストーカーなんかに絶対負けないし、もし仮にツキノくんの成りすましが現れても、必ず見破ってみせるから」
 だってわたし、わかるもの。
 ツキノくんの好きな食べ物とか、好きな映画とか、今のと前のとその前とそのもうひとつ前のバイト先とか、今朝何を食べたのかとか、今日の下着は何色でどんなデザインなのかとか、登校して何人と話したのかとか、昨日の夜ゴミ袋に何を詰めたのかとか、仲の良いご近所の人の顔と名前と家族構成とか、家に帰ってトイレに行く平均回数とか、数え切れないくらいツキノくんのことを知ってるもの。どんな偽者が現れようとも絶対見誤ったりしない。わたしが、わたしこそがツキノくんを一番理解してるもの。
「……おまえ、結構恥ずかしいこと言うよな」
「そう? これくらい普通だよ」
 ねっ、とツキノくんの肩に寄り添ってみる。拒まれないようになるまで長かった。満更でもない様子で頭を撫でてくるツキノくんは、今日家に来るかってわたしを誘ってくれる。
 何があっても絶対行くよと答えると、ツキノくんは相変わらず大袈裟だな、と言って笑ってくれた。その笑顔こそが、明日を生きる活力になるのだ。

20180725
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