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だって、そうでしょ?

 最近、あたしには新しい友達が出来た。友達と呼んで許される仲なのかはわからないけれど、彼自身があたしを友達だと呼んでくれるから、恐らくそう言って問題はないのだろうと思う。
 太陽みたいに笑うそいつと、卑屈で乱暴でひねくれ者、そして奇抜な見た目をしたあたしの組み合わせなんて、きっと見る人が見れば卒倒しそうなもののはず。一緒に居ようものならカツアゲ現場に間違われてもおかしくない。向こうは男であたしは女、身長が低めのあたしはパッと見ならか弱い乙女に見えるのかもしれないけれど、平気で木に登ったりユメクイを蹴り飛ばしたりする姿を見てしまえば、みんなすぐにその考えを改めると思う。
 良くない友達。非行仲間。自国の王子が他国のとんでもない女に誑かされ、あんなことやこんなことを強いられているのかもしれない。はたまた、王位継承権に胸を痛めて世を悲観した彼が、とうとうその真っ直ぐな心を歪めてしまったのかも――きっとそんな噂が立てられるのも時間の問題だ。
 あることないこと言われるくらいなら、それであいつが悪く見られるのならあたしはすぐにでも縁を切って飛び出してしまいたいと思うけれど、それでもあいつは笑うんだ。そして、太陽のように眩しい顔でこう言うの、「そんなことないよ、なまえちゃんはオレの大切な友達なんだ」って。
 それが、魔術の国ソルシアナの第二王子である、ミヤという男なのだ。



「ほんと、みんなもったいないよなー。なまえちゃんの良いところ知らないなんて」
 ソルシアナの城下町。人気の少ない穴場のカフェで、あたしたちはひっそりとお茶をしていた。
 ここのマスターは気が利くおじ様で、あたしたちがどんな会話をしても顔色ひとつ変えないし、情報を外に漏らすこともない。スキンヘッドにサングラス、口元のヒゲ、歴戦の猛者のような体格を持つ強面ではあるけれど、野良猫に餌をやったり、お腹をすかせた子供におやつをあげたり、街で起きたケンカは迷いなく止めに行ったりと、心優しく、人との距離感をわきまえている人だった。彼の淹れる紅茶は絶品だし、繊細な手つきで焼かれたパンケーキは頬が落ちそうになるくらい。見た目で損をしているとはこのことだ。
 ここに屯する常連客も同じようなふうで、客同士が変に聞き耳を立てることも様子を窺うこともなく、それぞれがそれぞれのペースでのんびりとした時間を過ごせる。きっとこんなところにやってくるくらいなのだから、皆一様にイチモツ抱えた人たちなのだろう。傷を抱えた人というのは、同じように傷を持つ人に対してどこか優しくなれるものだ。
 もちろんここの内装もあたしはかなり気に入っている。特に、魔法でくらりとくゆらせた、少しレトロな雰囲気を持つランプの明かりはひと際だった。良いものじゃない、と褒めたとき、サングラスで隠しきれないほどの照れ笑いを浮かべたマスターの顔は、今でもはっきり思い出せる。
「そんなこと言う物好きはあんたくらいよ……」
「まさか! なまえちゃんと仲良くなったら、みんな同じこと言うと思うけどなあ」
 うーん、と唸るような声を出しながら、ミヤがカフェオレを口に含む。こくん、と小さな嚥下音がいやに響いたのは、店内がひどく静かだからだ。マスターお気に入りの蓄音機が修理中とかで、ここのところはずっと無音な毎日が続いている。代わりのものを持ってくれば、と言う人はそれなりに居たらしいのだけれど、そこはマスターのこだわりによって叶わなかったらしい。無音が苦痛じゃない空間なので、あたしはこの静寂もなかなかに良いと思っていたりする。
「もし仮にそうだったとしても、うちでの悪評を聞いたらみんな手のひら返すわよ。王族きっての乱暴者、姫とは思えない暴力的なワガママ女、権力を傘に着て好き放題やってる暴君ってね」
 そう言い終えてクリームソーダを啜る。ストローから口を離すと、シンプルな白の向こう側に透ける緑色がするすると帰っていくのが見えた。その様を見てあたしとは大違いだ、と思ったのは、なんとなく気が滅入っているからなのかもしれない。
 あたしは、こんなふうに素直なまま帰れない。自分で居場所をなくしたのだ。
 良く出来た姉と弟がいればあたしに価値なんてない、良くて政略結婚の道具にされるだけのあんな国、あたしのほうから捨ててやる――そう思って宛もなくふらついていた先で辿り着いたのがソルシアナで、同じようにあたしはミヤと出会い、そして助けられた。
「でも、それはなまえちゃんの本当の姿じゃないでしょ」
「…………」
「オレは知ってるもん。なまえちゃんが本当は優しくて、気にしいで、一緒にいるとオレまで悪く言われてるんじゃないか〜って心配してることとか」
「なっ、はあ!?」
「あと、オレがイリアとのことについて悩んでどうにもならなくなったとき、相談に乗ってくれたけどさ。あのときすっっっっごく言葉を選んでくれてたよね」
「ちょっ、あんた、待っ――」
「そーれーかーらー! ……不器用で泣き虫なくせに意地っ張りでさ、今もちょっと泣きそうになって、目がうるうるしてたりして」
 ねっ、とあたしを見るミヤは、どこか慈しむように笑っている。悔しいけれど何も言えなくて、立ちかかっていた体を再び椅子に戻すと、やはり静かな店内にかたん、と大げさな音が響いた。
「オレがこんなに言っても手を出そうとしなかったんだから、乱暴者なんて嘘じゃんね。みんなよくこんなこと信じるよな〜……なんて、なまえちゃんにはなまえちゃんの事情もあるし、オレにはあれこれ言う資格もないけどさ」
「…………ん」
「自分のこと、そんなに悪く言うと疲れちゃうよ」
 本当にみんな、もったいない。そう言ってカフェオレの最後のひと口を飲み下したミヤを、あたしは俯いたまま見ることが出来なかった。視界がなんとなく滲むのは、あれこれ口を出してきたミヤのせいにしておこうと思う。
「……ま、オレもあんまり人のことは言えないんだけどね」
 最後にミヤがひとりごちた言葉についても、あたしは聞こえないふりをする。これを聞くのは今じゃない。今度はあたしが元気なとき、まるでてんびんのように対称的な様をした、陰りあるミヤを元気づけてあげたいのだ。
 ――だって、それが友達ってやつじゃない。


ミヤと男女の親友になりたい
20180728
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