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溶けない笑顔

 スノウフィリアの城下町。しんしんと雪が降りしきるなか、深雪に溶け込みそうなほど真っ白な少年が歩いてくる。独特の音を立てる霜のリズムを耳にして、なまえはふと顔を上げた。開店まであと少しという刻限で、今は店先をさっと掃除していたのだ。
「おや、シュニー王子じゃないか! どうしたんだい、この寒いのにしっかり着込んでないと風邪引いちまうよ」
「うるさいな! 僕たち雪の一族が風邪なんか引くわけないだろ」
「あはは、どうだかねえ。誇り高き雪の一族だって生身の人間には変わりないじゃあないか――っと、それで今日はいったい何の用で? 父さんに話があるなら呼んでくるけど」
「むむむ……ったく、今日はお前に用があって来たんだよ」
 ほら、と差し出されたものを一瞥して、なまえは感嘆の声をあげた。彼が手にしていたのは一輪の花である。スノウフィリアにしか咲かない、そして数が少ないうえに雪に埋もれてなかなか見つからないと言われる真っ白な花。白を重ねて青みがかったようにも見えるその花を、シュニーは負けないくらい真っ白な手で、包み込むように持っていた。なまえに見せるために。
「僕も数度しか見たことがない、珍しい花なんだけど――特別にお前にやる」
「いいのかい? あたしよりもっと渡すべき相手がいると思うんだけど」
「バッ……この僕がやるって言ってるんだから素直に受け取れ!」
 すねたような声色に反して、花を扱うシュニーの手はひどく優しく見えた。そのままゆっくりと、丁重な手つきでフードの隙間を縫いながら、花をなまえの髪に飾る。薄青の髪に咲く白を見て小さく息を吐き、シュニーは満足げに笑った。
「うん、僕の見立てた通りだ。なかなか似合うんじゃない」
 胸を張りながらそう言うシュニーへ目を向けて、なまえは照れたように微笑む。今までほとんど見せたことがない、年相応の「女の子」の表情に、シュニーはほんのりを頬を染めた。うぐ、と怯んだようなうめき声に、なまえが気づく様子はない。
「でも本当にいいのかい? あたしなんかで――」
「しつこいな。……いいんだよ、お前は僕の友だちなんだからな」
 ――友だち。どこか久しいその響きに、なまえはさらに笑みを濃くする。氷のようにその笑みを反射したシュニーもまた煌めくような笑顔を見せ、柔らかい空気が酒場の店先に充満した。
 日も暮れてだんだんと薄暗くなってきた辺りには、そろそろ酒飲みが集まってくる頃だ。豪快な男たちのなか、まだ子供であるシュニーを放り込むのはさすがに王子という立場でなくとも気が引けてしまうものである。どうしたものか、と頭を悩ませるなまえの様子を汲み取ったのか、シュニーはくるりと背を向けて歩き出す。
「また明日来るよ。そのとき、お礼用意しといてよね」
「あ――ッはは、そうだね。ありがと、シュニー」
 背中にかかる感謝の言葉にむず痒い心地を覚えつつ、それでもシュニーは雪解けを思わせるようなあたたかい笑みを浮かべていた。どこか誇らしいような、心が浮き立つような感情。友だちとはいいものだ。
 じゃあね! とシュニーが手を振ると、なまえも「また明日」と返す。当たり前のやり取りが、なんだかすごく嬉しかった。

20180615
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