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太陽みたいなお前のことを

『頑張ってくださいね、なまえちゃん』
 あの言葉の裏に隠された、なにかを僕は感じていた。
 春に出会ってからずっと。一緒にいるときはいつも。まっすぐなあいつの言葉を心を、いつだってぶつけられてきたから。
 だから気づいてしまったんだ。黄瀬が押し込めた本当の気持ちに。


「気になるの?」
 黄瀬くんのこと。
 そう言ったのはリコだった。あまりに思い詰めたような顔をしていたと、そう言う。
 ……確かにおかしいだろうな。決勝進出も決まって一息、控え室にいるみんなが勝利の喜びに酔いしれているというのに、1人だけ暗い顔をしていたら。
「普段はあんなにわかりにくいのに、こういうときはものすごくわかりやすいわよね、あんた」
「……そうか?」
「そうよ。ね、鉄平」
 ――鉄平。リコがその名を呼んだ。そして現れた。鉄平本人が。
 ……今までの僕は。その名を聞くたび、彼の姿を目に入れるたび、人知れず胸を高鳴らせたり、心をはやらせたりしていたのに。誰にもさとられぬよう気持ちを押し込めて、つとめて『それ以上』の感情がないよう見せかけていたというのに。
 なのに。なのになぜだろう? 僕の心は今とても穏やかだ。そしてそれよりももっと、もっともっと気になることがある。
(…………ああ、そうか)
 ああ。
 僕の心はもう、
「……鉄平」
 もう、ここにはないんだ。




 あいつを見つけ出すのは決して難しいことじゃない。身長も、髪の色も、まとう気迫も他とは違う。見たくなくても見てしまうし、気づきたくなくても気づいてしまう。
「……なまえちゃん?」
 もっとも、今の僕にとって、理由はそれだけではないのだけれど。
「ここにいると思ったよ」
 少しだけ冷たい風が、そっと首筋を通り抜ける。やはり、上着がないと冷えるものだな。
「――珍しいっスね。こういうときに着てないの」
「返した」
「は?」
「だから。……鉄平に、返した」
 鉄平が入院したときから、ずっと借りっぱなしだったジャージ。返してきたんだ、僕は。……終わりにしたんだ、僕は。ずっとうやむやになっていた僕らの関係を、僕は僕の手で終わりにした。
 ――いや。うやむやにしたつもりでいたんだ。信じたくないだけだった。見たくなかっただけだった。あれを僕が持っていることで、僕はまだ信じようとしていた。まだ未来があるんだと信じていたかった。いつか鉄平が僕のことを見てくれるって、可能性はあるって、きっと、いつか、そんなありもしないものを見ようとして、ありもしないものがここにあるって自分に言い聞かせようとしていたんだ。答えなんて、もうずっと昔から出ていたのに。
「お前は……まだ、僕のことが好きか?」
 だから。だから今度は真実を、ありもしないものじゃなくて、ちゃんとここにあるものを信じたい。
 自分の独りよがりや幻じゃなくて、2人で産み出していけるものを信じていきたいんだ。……他でもない、この男と。
「――そんなの、当たり前じゃないっスか」
「……そうか」
「あーくそ、今日はほんとにカッコ悪いとこ見せちゃったっスね! しゃーねぇっス、明日の試合で挽回――」
「涼太、」
 黙って。


 気の抜けた人間の膝を折り、屈ませることなど造作もない。強いて言うなら、屈ませなければ届かないこの身長差が憎いかな。
「……………………ほ、……は!? え、りょ、なま、いな、」
「涙の味がする。やはりやせ我慢をしていたな」
「いや違ッそれよりも――――き、キス、ええっ」
 僕自身、あまりキスによい思い出はないのだけれど。でも、今がそのときだと思った。今しかないと、そう思ったんだ。
「……僕は」
「は、はぁ」
「僕は、好きでもないやつとキスしたりなんかしない」
「い、」
「うん」
 好きになったよ、お前のことを。
 負けず嫌いで、一生懸命で、いい意味でも悪い意味でも素直で、チャラチャラしてて、太陽みたいに明るくてまぶしいお前のことを。
「好きだよ、涼太。ありがとう」
 隣にいるのは、お前がいいよ。
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