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しーまーぱん!

 現秀徳高校生徒会長、みょうじなまえ。成績優秀で品行方正、176cmの長身を活かしてバスケ部ではキャプテンも務める有能なSGであり、その上家系は界隈で有名な資産家。本人も目が覚めるような美人で、まさに非の打ちどころがない「完璧な佳人」だと秀徳高校ではもっぱら噂の的だった。
「……まさかそんなひとが高尾の幼なじみだとは」
「あ、真ちゃんびっくりした? おもしれー」
「黙るのだよ」
 高嶺の花だと言ってもおかしくないあのマドンナが、まさかこの男と長いつきあいだったとは――その事実に、緑間は少なからず驚愕している。あまりに結びつけるのが難しいからだ。
 しかし思い返してみれば、たまに彼女と二人でいる高尾を見たことがある気がする。後ろ姿を見ただけなので彼女という確証はないが、この男と変わらないくらいの長身の女性など、秀徳高校には数えるほどしかいないから。
 やけに二人とも楽しそうだったことも覚えている。だがしかしあのマドンナが? この男と話があうと? わからない。そう思って見間違いと流していたが、幼なじみだというのならあり得ない話ではないのだろう。
「ま、そのつながりでたまーに用事とか頼まれちゃうんだよねー。あ、ここここ」
「なんだか背筋が伸びるのだよ」
「大丈夫大丈夫、そんなに怖いひとじゃないって。なまえねーちゃーん、入るぜー!」
 言うが早いか、高尾は軽くノックをしてから生徒会室の扉を開いた。
 高尾の安請け合いした「生徒会室へ各部の資料を持っていく」という用を、なぜか緑間も手伝わされているのである。緑間はすっぱり切り捨てようとしたものの、ラッキーアイテム収集に協力すると言われてしまっては断れなかった。資料運びのほうがいくらか楽である気はするが、元より高尾の考えていることはよくわからない。緑間は深く追求することをやめた――が。
「ふっざけんなよこのクソモンスターが……てめーなんざさっさとミンチにしてこんがりハンバーグにしてやる」
 今だけは。……今だけは、高尾の企みについて頭をまわしておいたほうがよかったと、心の底から後悔したのだった。
「ッ、あ!? え、あ、かかか和く――ええ!?」
 ぶは! と高尾が吹き出したが、緑間の頭は未だにショートしたまま。
 ――緑間は。放課後すら責務に追われているだろう彼女を、少なからずだが尊敬している面もあった。マドンナだと称えられる彼女の隠れた努力や手にした実績は、それこそ人事を尽くすこととその結果なのだと。そう思っていた。
 だから。だから正直、彼女の姿からなにか学べるものがあるかもしれないと信じていたのに。生徒会室に入った緑間と高尾の目に入ったのは、豪勢な会長椅子にふんぞり返ってゲームに汚い言葉を吐く彼女の姿だった。職務机に乗せられた足の間には、エメラルドグリーンとホワイトのコントラストが眩しい――
「ン、ん!? ちょ、扉! 扉閉めて和くん!」
「ぶ……ぶふっ、ねーちゃん最ッ高……」
「笑ってないで――ッもう、バカ!」
 ゲームを机に叩きつけた彼女は、ピンと背筋を伸ばしたモデル顔負けの歩き方で二人の元へとやってくる。ふわりとした独特の香りが緑間の鼻腔を刺激して、ある種の目眩さえした。
 ぱあん! と苛立ち混じりに閉まった引き戸から、パラパラとホコリが落ちる。秀徳高校の施設はどこも年季が入っていた。三人――正確には、緑間のみょうじの間に横たわった沈黙。破ったのは加藤だった。
「あー、もう。この時間は和くんか優ちゃんか清くんしか来ないから油断してたわ」
「え、宮地先輩来んの!? なんで?」
「あのひとドルオタでしょ、二人で会話のぶつけあいとかするの。おかげで私、彼の推しメンにだけは詳しいのよ」
「ぶっふぁ!」
 思わぬところで出てきた部の先輩の名前に、高尾が更に吹き出す。なんとか笑いをこらえて言葉を絞り出すも、言い終わるころには再び吹き出していた。
「なまえねーちゃんが唯一気張らずにいられる憩いの一時だもんな……っぶふ」
「そうよ! そうなのよ!? なのに……ッあーどうしよう、あなた緑間くんでしょ? 和くんの友達よね?」
 どうしようどうしようと連呼する彼女から、緑間は目が離せない。なんとか頭は働きだしたものの、展開にまったくついていけていないのだ。彼は高尾ほど、柔軟な思考を持ち合わせてはいないから。
 だから彼女に「お願いだからこのことは黙ってて!」と両手をあわせて頼まれれば、
「…………もちろん」
 と、訳もわからず返事をするのが精一杯だったのである。
 ……後に、すべては高尾の仕組んだことだと判明したあと――彼は緑間とみょうじの両方と、バイオレンスな追いかけっこin秀徳高校をすることになるのだった。
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