バスケやらねべか?
※捏造注意母親の実家が東京にあるのは昔からよく聞いていたが、こうやって訪れてみるのは生まれてこの方初めてだ。生まれ育った秋田と違って、ここにはたくさんのものがある。それはひとも、ものも、そしてこの上ない淋しさも。こんな都会ならなに不自由なく暮らせそうなものだが、オレは寒くても不便でもなにもなくても、秋田のほうがずっと好きだ。
だから祖父に「行きたいところはあるか」と言われても、オレの口から出たのは有名な遊園地でもおもちゃのたくさんあるデパートでもなく、「バスケのコート」というただ一言だけだった。可愛いげがないだの田舎者だのと親戚はうるさかったけれど、祖父はただ笑って、家から程近い寂れたコートへと連れてきてくれたのである。
オレはバスケが好きだ。少し前にテレビで見たプロリーグの試合に憧れて、気づけば実家から片道1時間かかるジュニアチームにまで入ったりして。「健介はバスケさえしてたら素直で可愛いのに」と母親に小突かれるのがくすぐったかった。
夢はもちろん、プロの選手になること。そのためには――
(……泣き声?)
近くで誰かが泣いている。ふと周りを見渡してみると、確かにうずくまっている丸い塊があった。薄紫のパーカーを来たその子は、オレの足音を聞きつけるとがばりと顔を上げた……のだが。
「――、――――! ――?」
「………………ガ、ガイジン……!」
桜色をしたくりっくりの髪の毛に、まったく聞き慣れない言葉。まさか、まさかのガイジンだった。
困った。言葉が通じないのならできることもできないではないか。どうすればいいのか。どうすればいいのか。ああ、悩んでいるうちにこのくりくりした物体は再びわんわんと泣き出してしまった。誰かを呼ぼうにも祖父は親戚に呼ばれて一旦家まで帰ってしまったし、ああ、ああ、オレはどうすれば!
「……あ、」
「?」
「バスケ! バスケは? わかんないか? ほら!」
そうだ。ついさっきまでやっていた、オレの大好きなバスケットボール。これを見せればどうにかなるかもしれない。案の定、こいつもぱあっと顔を明るくした。……ちなみにこれ、買ったばかりの新品である。
なんだかんだで向こうも構えてきたものだから、こちらもそれに応えてみることにした。どうやらバスケの経験自体はあるらしい。まあ、オレよりもへたくそではあるものの、なんとなくそれっぽい動きだけはできるようだ。動きだけは。技術? ねえな。
「なまえ!」
しばらくして。夕日が辺りをオレンジ色に染め始めたころ、またもや誰かが現れた。今度は黒髪でストレートの、なるほどこいつは日本人っぽい。やっぱり知らない言葉を話してるけど。
「Tatsuya! ――――……」
ああ、迎えが来たのか。なんだか淋しい気もするけれど、仕方ないっちゃ仕方ない。たとえあいつがここに住んでいるのだとしても、オレはここの人間ではないから。もう二度と会えないのだろうな。
「……君、」
「!?」
「遊んでくれてたんだね。ありがと、迷子になって困ってたんだ」
こっちの黒いのは日本語がわかるらしい。なんだっけ、バイリンガル? オレとそう年も変わらないっぽいのに、なんだかちょっとだけ悔しかった。
「ほら、お礼。なんか言わなくちゃ」
「Uh...」
「ごめんね。この子、日本語話せなくて」
もごもごしながら耳打ちやらなんやらをしたあと、ちっこいほうがオレに駆け寄ってきて。なにかを手に握らせたかと思ったら、ちいさな熊のキーホルダーだった。首に巻かれたリボンをそっとほどくと、そちらは向こうがぎゅっと握りしめている。
「メジルシ」
「あ……」
「マタアソボ」
にっこりと笑ったあと、そいつは黒いのと手をつないでコートを去っていった。
ふたりの背中が見えなくなってもオレはまだぼーっと動けずにいて、祖父が迎えに来たのも目の前に来られるまで気づけず。優しく理由を問うてくれる祖父を、オレは遅すぎる興奮を隠しきれずに捲し立てた。
「じいちゃん! じいちゃん! バスケ、バスケってすげえんだ! 言葉わかんないのに遊べたんだぜ!」
「そうかそうか、じゃあもっと頑張らないとな」
「もちろん! オレ、絶対バスケ強くなる! そんで、そんでもっかいあの子らと遊ぶんだ!」
――小学5年生の秋。オレが、新しい目標を見つけた日のことだった。