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「特別」

 畑仕事は、好きじゃなかった。
 そんなことをする暇があるなら、ひと狩り行って猪でも何でも捕ってきたほうが腹の足しになるだろうと思っていたし、野菜類があまり得意でないこともあって、土いじりでドロドロになることへの拒否感もひときわ強かったんだと思う。もともと、じっちゃんのところで大事にされていたから、心のどこかではなんだか自分と程遠い作業だと感じていたのだろう。
 けれど。
「母さん、人参はこれくらいでいいかな」
「うん、これだけあれば十分かな。じゃあ今夜はカレーにしようか、この前良いスパイス送ってもらったんだよね」
「かれー……この間つくってくれたやつですよね? 僕楽しみです、お母さん!」
 裏にある畑から、楽しそうな話し声が聞こえる。おそらく声の主は、燭台切光忠と、秋田藤四郎と、それから。
「あ、獅子王! ねぇ、獅子王も今日はカレーでいいよね?」
 この本丸を支える審神者の1人であり、他でもない俺が愛しく想う人でもある、なまえちゃんだ。全身泥だらけにして、ささっとまとめたその髪も、へにゃりと笑うその顔も、俺は全部が、大好きで。
 この畑には、俺たち2人の、2人だけの思い出がたくさん詰まっている。彼女の姿を探して訪れるようになってから、不思議と畑仕事で体を汚すことも嫌いではなくなった。2人で、時には大勢で、呵々とした笑い声を響かせながら過ごす時間は、とても穏やかで、幸せだった。俺の、大好きな場所だ。
 彼女と一緒に居る時間が増えるのなら、って。いつしか苦手な畑仕事にも進んで励むようになって。好きって気持ちは本当に偉大なんだなあと、彼女に出会って何度も実感した。それくらいの、「特別」だ。
「獅子王?」
「うんにゃ。……俺もカレーは賛成、けど俺の皿は野菜少なめにしてな」
 燭台切となまえちゃんの間に、割り込むようにして入ってしまったのはもはや無意識だ。首を傾げる秋田と、何かを察したような燭台切。背後からくすりと笑むような気配がした。
「好き嫌いしてると大きくなれないよ、獅子王くん」
「……うっせ」
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