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お使い粟田口

「鯰尾くん、ちょっといいかな」
 さて、今日はどんなイタズラをしてやろうか。笑って許せるものから可愛くないものまで、長谷部の背中を見ながら様々な案を巡らせる鯰尾に話しかけてきたのは、審神者姉妹の片割れであるねいむだった。刀剣たちを目覚めさせ、まるで母のように彼らと接する彼女は、「主」と呼ばれる彼女の姉とは対称的に、刀剣たちから「母」と慕われている。もちろんそれは鯰尾とて例外ではなく、彼はねいむのことを「母さん」と呼んでいた。
「実はね、なまえちゃんにお使いを頼もうと思ったんだけど。あの子1人じゃちょっと心配だから、鯰尾くんに付き添いを頼もうかな、なんて……」
「なまえちゃん」とは、つい最近やってきた藤四郎兄弟の1人。鯰尾にとっては兄妹でありイタズラ仲間でもある、数ある刀剣たちのなかでも特に親しい者の1人だ。彼女のお目付役としては、鯰尾が適任……と、見せかけて。
「それは……つまり、振りですね?」
「振り?」
「だって、俺となまえでしょう? たとえば買い物袋のなかに取れたてホヤホヤのカエルが入ってたとしても、それは母さ――」
 鯰尾の言葉が不自然に止まる。突如重たくなった空気が、全身にのしかかってきたからだ。有無を言わさぬ笑顔のまま、無言の訴えをするねいむ。そして、そんな彼女に向き合ったまま、同じく笑顔で固まる鯰尾。母は怒らせると恐ろしい、そんな四方山話が脳裏をよぎっていた。
「……どうした、2人とも」
 凍りつくような空気を払拭するように割って入って来たのは薬研である。まるで救世主のような彼の姿に、鯰尾は後光が射して見えた。
 ねいむから事のあらましを説明された薬研が、ああ、と納得した様子で頷く。「俺も一緒に行くよ」そう言って、ねいむから買い物メモと代金を受け取った。
「じゃあお願いね、薬研くん。出来るだけ早めに帰ってきてくれると助かります」
 薬研相手なら安心できると踏んだのだろう、ねいむは特に何かを付け加えることも、またあの恐ろしい空気をまとうこともなく、急ぎ足で去っていった。時刻はもう午後の4時になる、この時間帯は忙しいのだろう。なんせ最近は続々と新しい刀剣たちが本丸入りを果たし、人手が足りないと言っていたから。
 なんだか煮え切らないような顔をする鯰尾の背後で、買い物メモと財布の中身を確認した薬研がメガネの奥で目を細める。弧を描いた口元のまま、鯰尾の名を呼んだ。
「なまえを探してきてやってくれ、さっさと出よう。でないと、団子でも食って帰る時間がなくなっちまうからな」
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