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それを兆しと呼ぶのなら

 俺の主は働き者だ。
 朝は誰よりも早く起きて、俺たち刀剣男士が目覚める頃には温かい朝餉の支度を終えている。各々の味の好みを熟知しているのか、昼餉や夕餉となるとそれぞれのリクエストにだってきちんと答えてくれるのだ。
 空いた時間には俺たちと交流を深めることを忘れず、短刀たちのちょっとした疑問やワガママにも嫌な顔ひとつせず応じ、乱とそう変わらない背格好ながら上背のある太刀にも臆せず接したかと思えば、流行りのドラマで号泣するといった感性豊かな姿を見せる。
 そして夜は朝餉の仕込みに時間をかけ、燭台切さんや歌仙さんといった料理に覚えのある者が手伝いを申し出たとて、「君たちは刀の本分を全うしなさい」「まだ1人でこなせる量だから」「どうしても無理になったら頼むね」と、そこを頑なに譲ろうとしない。
 俺の主は働き者だ。それはもう、病的なほどに。
 誰が何と言おうとオーバーワーク、パンク寸前の彼女を適度に発散させるのが初期刀である歌仙さんと、近侍を任されている俺、鯰尾藤四郎の、密かで暗黙なお役目だった。
 いつか主さんに訊ねたことがある。「どうして俺を近侍に迎えたのですか」と。主さんはどこか困ったような、答えづらいような曖昧な顔で笑って返事をうやむやにしようとした。しかしそれではこちらの気が収まらないし、胸の中の小さなわだかまりがいつか大きな歪となることを避けたくて、強く問いつめたこともある。すると主さんは観念して大きく息を吐き、ただひと言「似てる気がしたから」と呟いた。どこか似ている、共感、共鳴、言葉として表現することは出来なかったけれど、そう、それはこの俺が本丸に顕現して彼女の姿を目に焼きつけたその瞬間にも感じていたことだった。
 ああ、と深く納得したのは言うまでもない。確かに似ている、俺たちは。他人の世話を焼き、あっけらかんと笑う、人が好きで、誰かを楽しませることが大好きで、そしてみんなが笑顔になってくれるような、そんな居心地のいい場所を何よりも求めていたことだって。
 それならばきっとあの人も、誰に話せるでもない確かな黒いモヤを抱えているのではないだろうか。「大丈夫」の裏に隠した弱音を、「平気」の言葉で覆った傷を、「何でもない」と言い聞かせた悲しみと飲み込んだ涙を、あの小さな体に閉じ込めているのではないか。
 もしそうなのだとしたら、似ているこの俺だからこそ気づけるものがきっとあるはずで。同じようにこの醜い俺のことも受け入れてもらえるのではないかと、まばゆくも微かな希望を俺は、この胸に抱いてしまったのだった。
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