LOG

はじまりの足音

 ひとつ、足音もなく忍び寄る人影があった。その影は神とも悪魔とも取れる表裏を持ち、答えの如何でがらりと顔を変える。奇しくもその男を神とさせた少女はゆっくりと、自らが立つべき舞台を見据えていた。
「なまえ、大丈夫かい」
「もちろんです」
 簡潔な、けれど最上の受け答え。何かを確かめた男は口元で緩く笑みをかたどると、1歩、2歩と下がって少女の背中を見やる。
 年頃の少女らしく小さな肩には、けれど何倍もの覚悟と期待、重責、そして決意がのしかかっていた。20歳を目前に控えただけの少女が背負うには重すぎるそれらを、しかし彼女はある種の快感だとでも言いたげに、柔和な笑みで受け入れてみせる。
 失ったものなど数えて何になるのか、見るべきは未来、これから手にする栄光のみ。捨てたものは放っておけ、今はただ、熱狂的な歓声を浴びて、この瞬間を共にする人々のために生きれば良いのだ。過去は過去、自分は自分。ステージに立てば個などは何の意味を持たず、自らは彼らの偶像となり、ただひたすらに尽くすべし。――それが、彼女の指針だった。
「行っておいで。君はきっと、ゼロを越える――」
 はい、お父さん。
 目元をうんと細めて、彼女は――ねいむは、片割れと共に陽のもとへ駆け出した。
- ナノ -