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きれいなきみへ

 出会ったばかりの頃は、私よりもすこーし大きいくらいだった。華奢で、真っ白で、凛としていて、けれどあどけないところもあって。それでいて頼りなさは微塵も感じられない、女の子のようにも思える反面、誰よりも男の子である。例え撥ねつけられようとも、嫌われてしまったとしても、そんなことなどどうでもよかった。そう思わせる、言わば魔性にも似た1人の男の子に、私はすぐ虜になった。

「天ちゃんは本当に綺麗だよね」
「……なにそれ」
「うーん? 見たまんまの感想だよ」
 それが男の子への褒め言葉として受け入れられるシチュエーションは、実のところあまり多くはないのかもしれない。芸能界という、世の中とは少しズレた場所で生きているものだから、どうしたって賛辞の言葉すら人とは違ってしまうのだろう。例えばこの子のマネージャーのような、中性的である人に向ければ好意的に受け止めてもらえるのだけれど、実際はそういう人種自体が稀有なのだ。触れるもの、育つ世界が違えばやはり感覚も同じ。「普通」と「異質」の綯い交ぜになった世界に、私もこの子も立っている。
「『可愛い』よりは、マシかと思ったんだけど」
「…………」
「でも、私はずっとそう思ってるよ。天ちゃんは昔から、誰よりも一番綺麗だもん」
 人を惹きつけて離さない魅力。そのカリスマ性と圧倒的なパフォーマンス、そしてファンの誰も知らない意識の高さ。この子は強い。けれど脆くて、儚くもある。だからこそ美しく高潔に映り、愛らしさの裏に隠されたいくつもの疵痕こそが、この身を捕らえ、視線を、意識をまばゆく奪うのだ。
 本当は、叶うならばすぐにでもこの手を差し出して、あの頬に触れてみたかった。世間や世界が許さなくても、この心にだけは嘘を吐きたくない。死ぬときはきっと、必ず彼を愛したまま終えるだろう。愛している。愛している。この世にいる誰よりも、血を分けた家族よりも、世界よりも私は、この子のことを愛している。だからこそ触れることは出来なかった、今のこの、一番近くでいられる今をこそ、大事にしなければならなかったから。
 この子の隣を奪われたら、それこそ私は、想いを告げられない現状を嘆くよりも強く、気が狂うことになるだろうから。
「なまえさんは、ボクに綺麗だなんだって言うけどさ」
 ぎし、小さく音を立てて彼が立ち上がる。立たれてしまった向かいのソファはどこか淋しげに小さな凹みを残し、釣られるように私も、眉を下げて背中を見つめた。
「ボクにとっては、なまえさんのほうが綺麗だよ」
 おやすみ。振り返ることもなく告げると、彼は心なしか早足でリビングから去っていった。下方に視線を戻すと、まるで彼が座っていたなんて嘘であるかのように、ソファは元通りの膨らみを取り戻している。静寂を横たえた広すぎる一室でひとり、私の体は深くソファに沈んだ。
 ああ、君は、そうやってまた。こんなにも強く激しく、私の胸を焦がすのか。
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