「幼なじみ」の時間
昔から、彼は頭ひとつ抜きん出ていた。それはきっと彼の父親による教育のたまものであり、彼自身の才能と努力が実を結んだ結果でもある。
私は幼なじみという間柄、周りのギャラリーよりは彼を理解しているだろうという自負があるし、彼が恵まれた才能にあぐらをかかない努力家であるということも知っている。
ただ悲しいかな、「天才」という生き物はどこかしらで常軌を逸しているものなのだ。本来ならばそれをカバーするのは親の役目であろうが、彼の父子関係は見ての通り。決して良好なものとはいえないだろう。
そう。なによりもその父子関係。鬱憤の捌け口が、彼には必要だった。
そして――白羽の矢が立ったのが、この私だったのだ。
それは痛いことであったり汚いことであったり、かと思えば小さな子供が母に求めるような、そう、私と2人っきりのときの彼は、まるで幼子のような顔をしていた。
毎日がうまくいかなくて駄々をこねるような、発散のしかたを知らない子供。教えられるべき大事なことを、人として当たり前のことを一番知らない。その姿は時として、哀しくも憐れに映る。
爽やかな顔と整った言葉遣いにくるんで隠した本音を、幼い本性を彼は、ただこのときだけ露出する。私にだけぶつけてくる。彼はただひとつ、絶対的な愛に飢えていたのだ。
私は彼を助けてあげたかった。幼なじみとして、彼よりも彼を知る人間として彼に安らぎを与えてあげたかった。けれど私には無理なのだ。私も私で、親の愛を忘れかけているから。
彼には私が必要だろうし、私にも彼が必要である。彼は空っぽな私に意味を、存在する理由をくれるから。
ただひとつ、彼の支配欲だけが私のなかを満たしてくれる。彼がいなければ「私」は崩壊するのだ。他人には歪であろうこの関係が、私たちを形成する唯一の在り方だった。
……彼は愛を知らないし、私は愛を忘れている。自分のなかにありもしないものを、他人に渡すだなんて無理な話ではないか?
私たちは恋人ではない。ささやくべき言葉を知らないから。真似事はできても所詮は真似事、そこに中身はない。お互いに抱くこの感情が愛なのかどうか、もはやそれすらもわからない。
愛がなければ、恋人とは呼べないから。